さまざまな植物を紹介する和ハーブ協会の古谷暢基(ふるや まさき)さんによる不定期連載。今回は、薬用養命酒にも使っている「クロモジ」の仲間たちのお話です。
同じ仲間(グループ)の植物は成分も似通う
植物が作る化学成分はDNAで決まる
植物は自然界で生き残っていくために、体内でさまざまな成分を作ります。人々はそれらの植物成分の特質を本能的に、あるいは経験を積み重ねて理解し、自分たちの生活の中で有用してきました。これが日本の有用植物文化です。
植物が作る化学成分の種類は、各々の遺伝子(DNA)によって決まっています。同じ仲間(グループ)であれば作られる成分は似通い、特に「科」や「属」など分類学上の下位カテゴリが同じ場合は、同じ成分が作られる確率が高くなります。
江戸時代から活用されていた「クロモジ」
クロモジはクスノキ科クロモジ属。北海道から九州の山間部に生える中低木で、大きくはシナモンの仲間です。クロモジといえば「楊枝(ようじ)」を思い浮かべる方も多く、実際に現在も高級和食店や寿司屋などで使われています。江戸時代には楊枝というよりは歯ブラシとして使われ、それが時代とともに変化しました。
色違いの「シロモジ」「アオモジ」もクロモジの仲間
クスノキ科の代表的な和ハーブでは、日本の野生に生える唯一のシナモン「ヤブニッケイ」(クスノキ科ニッケイ属)や、芳香成分が樟脳(しょうのう)として有用で古代に大陸から移入された「クスノキ」(クスノキ科ニッケイ属)、アボガドの仲間で線香の主材として使われる「タブノキ」(クスノキ科タブノキ属)などがあります。
また同じクロモジ属としては、以前の連載で紹介した元祖クロモジ三兄弟の「アブラチャン」「ダンコウバイ」、あるいは「カナクギノキ」「ヤマコウバシ」などがクロモジとよく似た形状と成分を持つ森の和ハーブとして知られます。
さらに"色違い"である「シロモジ」と「アオモジ」も、香り高いクロモジの仲間です。今回はこれらを"新クロモジ三兄弟"と名付け、掘り下げてご紹介していきます。
「シロモジ」とはどんな植物?
白っぽい幹や枝が特徴。全草に強い香りと油分を持つ
「シロモジ」(クスノキ科クロモジ属)はクロモジに対し、幹や枝が白みを帯びることがその名前の由来です。主に中部地方以西に生息し、見られる場所もクロモジと重なりますが、葉がカエデのように分裂した個性的な姿をしています。
クロモジ同様、全草に強い香りと多くの油分を持ち、江戸時代には果実の絞り油は灯油に使用され、また根は脚気の特効薬として使用されました。
枝葉の香りはクロモジに比べて少しクセがあり、好みが分かれるようですが、和ハーブ協会のメンバーには茶葉の材料として使っている人もいます。
なぜか鹿が食べない「シロモジ」。食害対策の研究に期待
和ハーブ協会は、有用植物の生息調査の依頼を受け、全国各地の山林の状況を確認しています。現在、日本の自然環境を揺るがす大変に深刻な問題として、鹿の食害があります。
鹿にやられた森では、食害がひどくなる前に成長しきった大木の下の新芽や苗は食べ尽くされ、草一本生えていない状況も少なくありません。あるいは植物がようやく群生しているな......と思いよく観察すると、それらは鹿も食べることができない猛毒植物(シキミ、アセビ、マツカゼソウなど)に林床が占領されている状態だったりします。
天敵であったニホンオオカミが絶滅し、また人が森林に近づかなくなったことも原因と言われていますが、こんな状況においてちょっと不思議な現象を目にすることがあります。それは有毒植物ではない樹木なのにシロモジだけがほぼ鹿に食べられず、生き残っていることです。
恐らく枝葉の強い香りを鹿が嫌うことが推測されますが、この特性を生かした鹿の食害対策への研究が待たれるところです。
「アオモジ」とはどんな植物?
強い芳香があり特に果実はレモングラスに似た香り
「アオモジ」(クスノキ科ハマビワ属)はクロモジに対し、側枝の先が青みを帯びることがその名前の由来です。生息地は九州西南部~西南諸島で、葉の形はクロモジの亜種であるケクロモジに少し似ますが、樹高は20mを超える大木になることが特徴です。
葉、枝、果実など全草に強い芳香を持ちます。特に果実はレモングラスに似た香りを持ち、実際に成分の80%がレモングラス同様のシトラールで、果実の精油抽出率は5%前後にもなります。
南九州の足元のたからもの。中国では石けんの香料や食材に
アオモジは中国ではメジャーな有用植物であり、大量栽培して石けんなどの香料原料として産業化されています。
雲南や貴州などの地方では重要な伝統食材で、若い青い果実に高温の大豆油をかけてその芳香成分を抽出した「木姜子油(ムージャンユ)」を、料理の香り付け調味油などに使う文化が定着しています。また、台湾では先住民族であるタイヤル族の伝統スパイスで、乾燥して成熟させた黒い果実が「馬告(マーガオ)」と呼ばれ、薬食同源素材として受け継がれてきました。
日本では、九州地方などで春先に咲く美しい白い花を愛でる目的で庭木や観葉樹などで栽培されていますが、香りや薬効成分の活用する食薬分野では全く使われてきませんでした。
しかし和ハーブ協会の研究と働きかけによって、アオモジの群生地を有し街路樹としても多く植えられている鹿児島県長島町において、アオモジを地域創生の有力素材候補としたプロジェクトがスタートしています。
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この方にお話を伺いました
(一社)和ハーブ協会代表理事、医学博士 古谷 暢基 (ふるや まさき)
2009年10月日本の植物文化に着目し、その文化を未来へ繋げていくことを使命とした「(一社)和ハーブ協会」を設立、2013年には経済産業省・農林水産省認定事業に。企業や学校、地域での講演、TV番組への出演など多数。著書は『和ハーブ にほんのたからもの〈和ハーブ検定公式テキスト〉』(コスモの本)、『和ハーブ図鑑』((一社)和ハーブ協会/素材図書)など。国際補完医療大学日本校学長、日本ダイエット健康協会理事長、医事評論家、健康・美容プロデューサーでもある。