ミツバやシソなど、古来より日本で有用とされてきた植物「和ハーブ」。「和ハーブ連載」では、和ハーブ協会の古谷暢基(ふるや まさき)さんがさまざまな和ハーブを紹介しています。
今回は和柑橘のなかでももっとも古いといわれる「タチバナ」を解説します。
日本に存在していなかった!? 柑橘のルーツの謎
ミカン、ユズ、レモン、ライムなど、現在国内で収穫される柑橘類はゆうに90種以上。日々の食卓に欠かせない果物ですが、もともと日本の自然に柑橘は野生していませんでした(諸説あり)。
柑橘類の原産地は、インド北部~ヒマラヤあたりといわれています。しかし、現存する柑橘類の野生種が見つかっていないため、詳しい研究が進まず、はっきりしたルーツはよく分かっていません。
※栽培種は全世界で多くの種類が存在します(学説により種類数は大きく変動)
柑橘類が海を越えて日本にもたらされたのは5~6世紀以降。その後、たくさんの種類が栽培されるようになったわけですが、なかでも「江戸時代以前から各地で利用されていた柑橘類」を「和柑橘」と呼んでいます。
なお、代表的な和柑橘であるタチバナやシークワーサーは「日本の野生種」といわれることもありますが、以下2点よりどちらも大陸から導入された栽培植物だったのではないかと思われます。
- 群生林が存在する場所がわずか、かつ非常に偏っていること
- 後述するタチバナの伝説も海外への渡航を思わせること
- 〔代表的な和柑橘〕
- タチバナ......植物学者・牧野富太郎博士によれば"日本唯一の野生原種の柑橘"で、ミカン類などの祖先
- シークワーサー......沖縄本島北部のヤンバル限定の日本野生種
- カラタチ......唯一の落葉柑橘。多くの柑橘類の台木に使われる
- ダイダイ......鏡餅の飾りによく使われる香酸柑橘。詳しくは後述する「非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)」のタチバナ以外の有力候補
- コミカン(紀州ミカン)......ミカンの原種。大分県津久見市に、1157年移植の記録が残る推定樹齢800年以上の古木が現存
このほか沖縄の古柑橘「クネンボ」、また奈良時代以前の伝来説がある「ユズ」、「スダチ」などが日本の柑橘の祖先たちです。また、「ユコウ」(長崎)、「ジャバラ」(和歌山)、「ユズキチ」(山口)など、地域独自の伝統和柑橘も多く存在します。
なお、おなじみの種無し「ウンシュウミカン(温州みかん)」は、名前に中国の地名「浙江州・温州」が入っていますが、実は日本発祥。農研機構の最新研究で、コミカンの雌蕊(めしべ)とクネンボの花粉で交配種であることが判明しました。
野生樹木はわずか約300本。幻の柑橘「タチバナ」
"日本唯一の野生原種の柑橘"ともいわれるタチバナは、ミカン類などの祖先とされ、古くは日本の夏を代表する植物でした。しかし、現在では野生群生林が残るのは高知県土佐市(約200本ほど)および静岡県沼津市(約100本ほど)のみとなった"幻の柑橘"。
果実はミカンをそのまま小さくしたような形で、ミカンをギュッと濃縮した強い酸味と風味があります。
ちなみに、和ハーブ協会では、奈良県の地域団体などと組み、このタチバナの復活と普及に力を注いでいます。ECサイト「和ハーブスタイル」では、ヤマトタチバナの果皮や葉のドライハーブ、冬季限定で生鮮が手に入りますよ。
記録された"日本初の内服薬"――タチバナの伝説
かつては日本の夏を代表する植物として親しまれていたタチバナ。中世の『御伽草子(おとぎそうし)』では「春は花 夏は橘 秋は菊~」と歌われるほどでした。
それだけでなく、"日本でもっとも古く記録された内服薬"でもあります。常緑樹(落葉しない樹木)に実り、果実も太陽に向かって鈴なりとなった後に半年以上に落ちないことから「長寿」「不老不死」の象徴とされており、『古事記』や『日本書紀』には、タチバナと天皇家に関する次のような伝説が記されています。
「病弱だった垂仁(すいに)天皇は、忠臣の田道間守(たじまのもり)に"不老不死の薬"を探してくる命を申し付けた。田道間守は10年以上の苦労の旅の末、海のかなたの常世の国(とこよのくに)から"非時香菓(タチバナ※)"を持ち帰ったが、悲しきことに垂仁天皇はすでに崩御されていた。」
この天皇家と忠臣の悲しい物語に端を発し、タチバナはその後、皇室や日本国に重用されるようになっていきます。
京都御所や皇室系神社の本殿にはその右側にタチバナ、左側にサクラが必ず植えられています。この様子を表した「右近の橘、左近の桜」という言葉を聞いたことがある人もいるかもしれません。
天皇とお后を表しているひな人形の"おだいりさま"と"おひなさま"の左右にも同じようにタチバナとサクラが飾られています。こうしたタチバナの重要性は現在にも引き継がれ、文化勲章の紋章や、500円玉にもタチバナが彩られています。
なお、長寿や不老不死の象徴とされてきたタチバナには、実際に薬効が期待できることがわかっています。葉や皮に「ノビレチン」や「タンゲレチン」などのポリフェノール類が豊富で、その量は栽培種柑橘の数十倍。ぜひ、機会があれば手に入れて食べてみてください。
さて、次回も和ハーブと日本人の生活、健康、歴史民俗などとの深い関わりについてお伝えしていきたいと思います。
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この方にお話を伺いました
(一社)和ハーブ協会代表理事、医学博士 古谷 暢基 (ふるや まさき)
2009年10月日本の植物文化に着目し、その文化を未来へ繋げていくことを使命とした「(一社)和ハーブ協会」を設立、2013年には経済産業省・農林水産省認定事業に。企業や学校、地域での講演、TV番組への出演など多数。著書は『和ハーブ にほんのたからもの〈和ハーブ検定公式テキスト〉』(コスモの本)、『和ハーブ図鑑』((一社)和ハーブ協会/素材図書)など。国際補完医療大学日本校学長、日本ダイエット健康協会理事長、医事評論家、健康・美容プロデューサーでもある。