ミツバやシソなど、古来より日本で有用とされてきた植物を「和ハーブ」といいます。この連載では、和ハーブ協会の古谷暢基(ふるや まさき)さんがさまざまな和ハーブを紹介します。今回はアスファルトのすき間にも見られる「ヨモギ」。世界中に生育し、「和ハーブの女王」とも呼ばれるスーパー薬草の効能や栄養素、活用法などを深堀りします。
- 〔目次〕
- 「和ハーブの女王」として世界中で活躍するヨモギ
- ヨモギの効能と栄養素の秘密
- 食材や風呂、お灸に! 日常生活でのヨモギ活用法
- 日本産ヨモギの3グループを紹介
- 注意! ヨモギとよく似た危険な毒草
「和ハーブの女王」として世界中で活躍するヨモギ
日本人にとって身近な存在であり、その効能の高さから"和ハーブの女王"と呼ばれる「ヨモギ」。その名前の由来は、「(ヨ)よく(モ)燃えるor萌える(ギ)茎のある立草」から来ており、その旺盛な生命力、そして豊富な精油成分(芳香)を表しています。
種名としての「ヨモギ」は「キク科ヨモギ属」の総称で、全世界には250種類以上あるとされています。アジア・ヨーロッパ・アメリカのどの地域においても、その薬効や香りの高さから、人の生活圏近くに生える重要なハーブです。
また、ラテン語に由来する学名は「Artemisia(アルティミシア)」で、そのルーツはギリシャ神話で豊穣・多産のシンボルとされる女神の名前から来ており、「和ハーブの女王」と表現したのはそれが理由です。
実際にヨモギには血流や体温を上げる効果があるとされ、このことから、血流にのって全身の細胞に届けられる女性ホルモンの作用を活性化します。
ヨモギの効能と栄養素の秘密
ヨモギは「ビタミンK」が豊富な植物食材
ヨモギは、紫外線や潮風にさらされる海岸~荒れ地~森林~亜高山(標高1500m~2500mの地帯)にまで広く生息できます。旺盛な生命力の源は、厳しい環境に対抗するための栄養素と薬効成分です。人間に守られて育つ栽培野菜と比べてその体内では豊富に合成され蓄えられています。
特に注目すべき栄養素が「ビタミンK」です。ビタミンKは骨粗しょう症を防ぐ作用があり、特に更年期を過ぎた女性におすすめの成分です。主に細菌が合成する成分として知られ、人は納豆などの発酵食品や、自身の腸内細菌が発酵した際の副産物として吸収します。そうした中、ヨモギは植物食材としては珍しくビタミンKを多く含んでいる和ハーブなのです。
また、脂溶性ビタミンの「ビタミンE」もホウレンソウの約2倍近く含まれ、豊富に含まれるタンニン類とともに、強い抗酸化作用で細胞の老化を防ぐ機能性を持ちます。
食材や風呂、お灸に! 日常生活でのヨモギ活用法
草餅、ヨモギ茶のほかパスタの材料に
春から初夏の新芽はやわらかく香り高いことで知られ、天ぷらのほか、乾燥保存してヨモギ茶に使うなど利用法はさまざま。なお春の風物詩である「草餅」は、意外なことに中国文化の影響で平安時代以降に始まったものです。それ以前は春の七草のひとつである「ハハコグサ」が和の草餅の代表であり、地方によっては「タニウツギ」の若葉など、地域に多く生える植物も使われたようです。
さらにヨモギは洋食レシピにも応用できます。和ハーブ協会では全国の料理教室や飲食店メニューの指導などをしていますが、どの土地でも"鉄板大好評"なのが「ヨモギのジェノベーゼパスタ」です。ジェノベーゼソースの材料はヨモギ、米油、にんにく、落花生、塩。バジルに負けないお洒落な香りと深い味わいを簡単に出せることに、大きなインパクトがあるようです。
外用薬和ハーブとして
ヨモギに含まれるタンニン成分は、肌を引き締め、肌荒れを防止したり、湿疹やあせもなどの治りを早める効果でも知られています。
私がいちばんヨモギの効果を実感するのが、"虫刺され特効薬"です。蚊に刺されたらすぐに生葉を潰して汁を出し、患部によく刷り込めば痒みはすぐに消え、そして再び腫れ上がってくることはありません。
乾燥させたヨモギで「ヨモギ湯」
生活の中で簡単に使える場面としては、入浴剤も挙げられます。乾燥させたヨモギの葉をお茶パックなどに入れて、浴槽に入れるだけ。収れん効果のあるタンニンや殺菌作用のある精油成分が肌を健やかにしてくれます。
ヨモギの綿毛はお灸の「艾(もぐさ)」に
体のツボや経絡の上に火をつけた熱い「もぐさ」を置き、その温熱効果や香りなどによって自然治癒力を高める「お灸」。材となるヨモギは"薬草の聖地"である伊吹山産が有名で「オオヨモギ」の葉の裏の綿毛が使われます。
日本産ヨモギの3グループを紹介
日本産ヨモギは、30種類以上もの種があり、外見その他の特徴から【1】ヨモギ【2】オオヨモギ【3】カワラヨモギの3つのグループに大きく分けることができます。
1 : ヨモギ
葉の付け根に托葉を持つオーソドックスなヨモギは、カズザキヨモギ、ニシヨモギなどがその代表種です。昔から「春ヨモギ、秋ヨモギ」という言葉があるように、食用として使う場合は新春や少し寒気が出てきた秋の新芽が向いています。
逆に初夏あたりからは葉が硬くなり、タンニンなどの苦み成分が多くなるために食用には向かず、ミックス和ハーブティー素材や入浴剤、あるいは外用薬的に使用するチンキ剤としての活用が向いています。
成分が変化する理由として夏の季節的な要因が挙げられます。虫など葉を食用などにする動物が活発的になり、また紫外線も強いなどの厳しい環境に対抗するために、比較的どの植物にも共通する傾向です。
- 〔沖縄で一年中使われるフーチバー〕
- 温暖な沖縄では、ヨモギは「フーチバー」と呼ばれ、一年中食材として使われています。和ハーブ協会の顧問である薬草名人のおばあは「沖縄の人にとって最も重要な植物」であると断言します。食材としては沖縄ソバやヤギ汁などのスープに、あるいはチャンプルーなど炒め物の香りづけに使われます。薬食同源を意味する「ヌチグスイ(命薬)」の中では、血圧や熱を下げる「サギグスイ(下げ薬)」ジャンルの代表です。
2 : オオヨモギ
オオヨモギは文字通り、大きなものでは高さが2mになる種です。オーソドックスなヨモギとの大きな違いは、托葉(たくよう:葉の付け根に出る小さな葉)が見られないこと。葉の香りは強めで、茎が太く硬くなるのが特徴です。
本州ではブナが生息するような寒冷な地域や亜高山に生息し、関西地方(兵庫周辺)が南限となります。
- 〔アイヌ文化では魔よけの植物〕
- 平野にもオオヨモギが群生する北海道では、アイヌ民族たちが「カムイノヤ」(神の揉む草)と呼び、食材や薬草とするだけでなく、その香りに神秘的な力があると信じられていました。オオヨモギの茎葉を煮詰め、揉んで搾った汁をさらに煮詰めて黒く飴状になったものは胃腸薬に。茎葉を潰して絞った汁は脇などに塗って魔除けや匂い消しに。また堅固な茎は神聖な儀式に使う矢の芯材にするなど有用してきました。
3 : カワラヨモギ
カワラヨモギは文字通り、河原や海岸などの水辺に生息する種です。姿形・香りなどが他の2種と明らかに異なり、一見してヨモギには見えません。葉は細長く、若い頃や土に近いところでは絹のような美しい白い毛を葉にたたえるのが特徴です。
芳香成分も、ほかのヨモギ類とは異なったクマリン誘導体やピネン類が豊富で、西洋ハーブのディルなどに近い香りを感じさせます。
- 〔カワラヨモギの亜種・リュウキュウヨモギ〕
- 「リュウキュウヨモギ」は、沖縄でもフーチバーとは違う種として「ハママーチ」と呼ばれます。サキグスイとしての利尿や解熱のほか、肝臓疾患や欠席などにも効果があるとされ、沖縄民間薬の代表でしたが、本島では護岸工事によって野生で見ることが難しい絶滅危惧種となっています。
番外編 : 独特の香りの「クソニンジン」はマラリアに作用
日本野生原種ではないが、古い時代に大陸から日本に渡り帰化したとされるヨモギの仲間に、「クソニンジン」があります。その個性的な香りから、日本名は聞くに堪えない名前がつけられていますが、立派なヨモギ属であり、その薬効は特筆すべきものがあります。
クソニンジンについては中国の古い医学書に、生の搾り汁を飲むと高熱の病に効くことが記されています。実際にマラリアの治癒(ちゆ)に効果を発揮することから、中国の薬学者が研究を行った結果、含有成分の「アルテミシニン」が赤血球のヘムに結合することで、そこに寄生するマラリア原虫を駆逐する薬理を発見。
熱帯地方で多数の死者を出すマラリアの犠牲者を減らした功績により、2016年ノーベル医学賞を獲得しました。
アルテミシニンはクソニンジンだけでなく、他のヨモギ属全てに含まれることが示唆されます。このように"人のためのハーブ"ヨモギは無限の可能性があると思います。
注意! ヨモギとよく似た危険な毒草
旬の春~初夏にヨモギを採取する場合、よく似た有毒植物、「ケキツネノボタン」の黄色い花、「トリカブト」の若葉に注意が必要です。
ヨモギの開花が8~10月なのに対し、ケキツネノボタンは4月ごろからほぼ同時期に黄色い花を咲かせます。夏ごろには結実し、地上部が消えていきますが、この頃になると今度は、成長した猛毒植物の「トリカブト」がヨモギと似た姿となってきます。
ただ、トリカブトには、ヨモギによく見られる葉の裏の綿毛や托葉などがまったくなく、茎がツルツルなので、見た目上の区別は可能です。
また、これらの毒草は、茎葉をちぎったときにヨモギ特有の香りがないことも見分けのポイントとなりますが、少しでも不安がある場合は使用しないことが賢明です。
過去の記事
- 第14回
- 【和ハーブ連載】新クロモジ三兄弟は色違いのシロモジ&アオモジ
2023.02.06 - 第13回
- 【和ハーブ連載】ワラビが侵入道具に! 忍者の驚き薬草活用
2022.08.19 - 第12回
- 【和ハーブ連載】パスタレシピやスキンケアにも!身近な薬草ヨモギ
2022.06.06 - 第11回
- 【和ハーブ連載】江戸の花見は長かった!? 桜の歴史と生き残り戦略
2022.03.25 - 第10回
- 【和ハーブ連載】不老長寿の和柑橘「タチバナ」が伝える悲しい伝説
2022.02.15 - 第9回
- 【和ハーブ連載】「和柑橘」とは?滋養を豊富に取り入れる活用法
2021.12.10 - 第8回
- 【和ハーブ連載】「クサギ」の興味深い食文化と伝統的な食べ方
2021.10.22 - 第7回
- 【和ハーブ連載】命を支えた「かてもの」文化。誕生背景と代表食材
2021.07.09 - 第6回
- 【和ハーブ連載】いくつわかる?「和ハーブ検定(生活・文化編)」に挑戦!
2021.02.02 - 第5回
- 【和ハーブ連載】いくつわかる?「和ハーブ検定(食・薬編)」に挑戦!
2020.12.01 - 第4回
- 【和ハーブ連載】植物は丸ごといただく!人と植物の関係と活用法
2020.8.21 - 第2回
- 【和ハーブ連載】和の香りの王様クロモジと「クロモジ三兄弟」
2020.2.21 - 第1回
- 【和ハーブ連載】日本古来のハーブ「和ハーブ」の種類とクロモジ
2019.10.25
この方にお話を伺いました
(一社)和ハーブ協会代表理事、医学博士 古谷 暢基 (ふるや まさき)
2009年10月日本の植物文化に着目し、その文化を未来へ繋げていくことを使命とした「(一社)和ハーブ協会」を設立、2013年には経済産業省・農林水産省認定事業に。企業や学校、地域での講演、TV番組への出演など多数。著書は『和ハーブ にほんのたからもの〈和ハーブ検定公式テキスト〉』(コスモの本)、『和ハーブ図鑑』((一社)和ハーブ協会/素材図書)など。国際補完医療大学日本校学長、日本ダイエット健康協会理事長、医事評論家、健康・美容プロデューサーでもある。