中国発祥の武術の1つである太極拳。誰でも気軽に取り組めてさまざまな健康効果があることから、世界中で広く親しまれています。行うときのコツや呼吸法、初心者におすすめの型など基本情報をまとめました。
太極拳とは?
ゆったりとした動作で誰でも気軽に取り組める太極拳は、古来より中国で受け継がれてきた武術の1つ。全身の筋力やバランスを鍛え、「気血(きけつ)」の巡りをよくする体への効果と、脳の活性化やリラックス効果などが期待できます。
現在、太極拳は競技やスポーツ、健康法として世界中で広く親しまれていて、日本での太極拳愛好家は約150万人(2014年時点)とも。その成り立ちには諸説ありますが、少なくとも今から300年以上前には確立していたとされています。
なお太極拳の「太極」とは天と地が分かれる前の状態のことをいいます。ここから陰陽が生まれますが、陰陽は東洋医学の根幹であり、体の陰陽(さまざまなバランス)が整うことが健康の基本と考えられています。
太極拳の成り立ち
太極拳の根底にあるのは、古代中国(春秋・戦国時代)の思想家・老子の哲学であり、老子の教えを学び実践する「道家」が、人格を高める訓練と養生法として太極拳を用いたとされています。
その際、「小よく大を制す」などといった考えのもと、弱いものも強いものにつぶされないためのサバイバル哲学として、武術と健康で長く生きられる養生法とが表裏一体となり強く結びついていました。
武術からスポーツへと転換したきっかけは1950年代中頃、中国政府が簡化太極拳(二十四式太極拳)を制定したことでした。今は5つの流派に分かれ、普及が進んでいます。
太極拳の効果は?
1:気血の巡りをよくする
太極拳には3つの基本があります。1つ目は心を落ち着かせる「精神安静」、2つ目は自然に呼吸する「呼吸自然」。3つ目は力を緩める「全身放鬆(ふぁんそん)」です。これらを守りながらゆっくりと、途切れることなく行います。
太極拳は「力を入れずに」というのが大切なポイントです。例えば力を入れて手を握ると、「気血」の滞りが生じ、手のひらや指が白くなりますが、力を入れずに軽く握ると白い部分はできません。気血を滞らせないよう、なるべく力を抜いた状態で動くことが、「放鬆」の考え方です。
こうした動きによって自然に筋肉が鍛えられると共に気血の通り道である経絡を刺激し、内臓を軽くマッサージするといわれています。また気血が巡ることで冷えの改善や疲れにくくなるなどして、体の調子を整えます。
2:バランスが整いやすくなり転倒を予防する
太極拳特有の全体性を重視した動きには、体全体のバランスが整いやすくなるというメリットもあります。太極拳の動きは、例えるなら建物の揺れを柔らかく受け流す免震構造のようなもの。バランスが整うと転倒予防の効果も期待でき、実際に術後のリハビリなどにも太極拳は採用されています。
3:ストレスや不眠の解消
太極拳の鍛錬中には、リラックス状態のときの脳波(α波)が発生するため、ストレスの緩和や不眠の解消なども期待できます。
4:脳の活性化
2人で行う「推手(すいしゅ)」という練習法では、相手の力を利用して相手を動かす技を学びます。そのために求められるのは、接する皮膚から相手の情報を得る研ぎ澄まされた感覚と放鬆することで得る自分の体のバランスを整える集中力です。これらが脳の刺激になり、活性化につながるといわれています。
太極拳はとくにこんな人におすすめ!
太極拳が支持される理由として、激しい動きや強靭な筋力を必要とせず、誰でも気軽にできることが挙げられるでしょう。無理な動きをしなければけがをする心配はほとんどなく、関節に痛みのある人や妊娠中の人など動きが制限されている場合も、無理のない範囲で取り組めます。
- 〔1つでもチェックがある人は太極拳にトライ〕
- ☑ 筋トレやジョギングが苦手
- ☑ 段差でつまずきやすくなった
- ☑ 座りっぱなしや立ちっぱなしなど同じ姿勢を取り続けることが多い
- ☑ 最近うっかりすることや物忘れが多くなったと感じている
- ☑ 仕事や家事が忙しく、ストレスを感じている
太極拳を学べる場所や服装、練習法は?
学べる場所・服装
太極拳はカルチャーセンターや公共施設の講習、個人の教室などで気軽に学ぶことができます。服装は動きやすいものであればOKです。
練習時間
陰陽の「陽」で動的な時間とされる午前中が適していますが、まずはできる時間に継続して行いましょう。
練習法
練習内容には、1人で型の練習をする「套路(とうろ)」、呼吸を整え、体を緩めて精神を安静にする「站椿(たんとう)=立禅(りつぜん)」、2人で組手を行う「推手(すいしゅ)」があり、この3つをバランスよく行うのがよいとされています。
太極拳の型「大地回春」をやってみよう
太極拳の基本の姿勢と動き、さらに初心者におすすめの型「大地回春(だいちかいしゅん)」を紹介します。自然や季節が変化するイメージと重ねて行ってみましょう。
1:基本の姿勢
円すい形のバランスを意識して、腰を中心に各関節を緩め開く。足を肩幅に開き、頭のてっぺんは足と足の中心に置く。
2:動きの基本となる「起勢(チーシー)」
手のひらを下向きにして両手を体の前に伸ばし、下腹の位置まで下ろす。
3:気血を調整する大地回春(十字手[シーズーショウ])
以下の動きを繰り返しましょう。
地中から生命が生まれる「春=生」
基本の姿勢から両手を肩の高さまで上げる。(動作時間約7秒)
太陽に向かって成長する「夏=長」
両手を頭上に伸ばす。手のひらを向かい合わせ、顔は手の方向に向ける。(動作時間約9秒)
実がなり収穫をする「秋=収」
両手を胸の前まで下ろしながら交差させる。(動作時間約7秒)
大地に帰る「冬=蔵」
交差した両手を下ろし「基本の姿勢」に戻る。(動作時間約9秒)
4:気と動きを収める「収勢(ショウシー)」
両手を肩の高さまで上げる。
両手を前に伸ばしてから胸元に寄せ、指先の方向を合わせる(左右の指先は少し離す)。両手のひらを下に向けたまま体の前に下ろし、「基本の姿勢」に戻る。
- 〔太極拳を行うときのポイント〕
- ☑ 精神安静(心を落ち着かせる)・呼吸自然(自然に呼吸する)・全身放鬆(力を緩める)
- ☑ 関節や筋肉に余計な力を入れずゆっくりと行う
- ☑ 動きながら緩め、心身を伸びやかに
- ☑ 太極拳は苦行ではなく養生。楽に、気持ちよくできる感覚をたいせつにする
- ☑ 無理に腰を落としたり膝を曲げたりして足や膝に負担をかけない
- ☑ 動作を繰り返す回数や時間は体調に合わせて調整する
- ☑ 太極拳は万能ではない。生活全体を整えることも忘れずに
すき間時間にどこでも手軽に行える太極拳。「健康のために体を動かしたいけれど、運動が苦手」という人にこそピッタリです。健康維持のために始めてみてはいかがでしょうか。
この方にお話を伺いました
太極拳講師、国際中医師、国際中医薬膳師、(公社)日本武術太極拳連盟講師、NPO東京都武術太極拳連盟講師、(一社)日本中医営養薬膳学研究会認定薬膳講師 潮田 佐枝子 (うしおだ さえこ)
女子美術大学卒業。1996 年より太極拳を指導。2006 年より、「北京訪中学習団」の一員として、呉氏太極拳五代伝人 馬長勲老師に師事。「北京中医薬大学日本校」にて中医中薬専攻科、中医薬膳専科の課程を修了。