ミツバやシソなど、古来より日本で有用とされてきた植物「和ハーブ」。「和ハーブ連載」では、和ハーブ協会の古谷暢基(ふるや まさき)さんがさまざまな和ハーブを紹介しています。
前回は"日本最古の薬"の伝説の中で、皇室にも重宝される和柑橘「タチバナ」を紹介しました。
第11回は、皇室文化において「右近の橘、左近の桜」と並び称され、日本の春の花の象徴である桜の "たくましくも非情な"生き残り戦略と、それを上手に利用する日本人の和ハーブの知恵を解説します。
「ソメイヨシノ」から変わった日本の花見と桜への意識
桜は、バラ科サクラ属の落葉樹です。日本の野生種には、ヤマザクラを代表に5種類以上が確認されています。
現在、一般的に春の花見の対象となり、マスコミなどで"桜前線"と報じられるのは、栽培品種である「ソメイヨシノ」です。
ソメイヨシノは、江戸時代末期に現在の東京都の駒込付近にあった染井村で、「エドヒガン」と「オオシマザクラ」を掛け合わせて生まれた品種。"とても美人な株"ができあがったことから、つぎ木などでクローンを増やし、全国に広まりました。
とても美人な"同じ遺伝子"を持つ桜なので、同じ気候条件下では、近くにいる個体たちがいっせいに咲きます。また、葉が芽吹くより先に、花がいっせいに咲く特徴を持ちます。
一方、野生の桜は、葉と花が同時に出るのが特徴です。遺伝子は個体によって異なるので、花が咲く日もまちまち。そのため、江戸時代以前の桜の花見は、山や野に点々とかわるがわる咲く花を、約1か月の長きにわたり愛でるものでした。
つまり、「見事な散り際」という表現に代表される "日本的精神"の象徴としての桜は、いっせいに花が咲き、いっせいに散って花吹雪を見せるソメイヨシノが登場してからのものと考えられます。
桜の名前の由来は諸説ありますが、旧暦で稲の種まき時期である"サ"の月(皐月)に、稲作の神様が"クラ"(磐座/いわくら)に降りてくる、と言う意味合いを持つという説が有力です。
生命の息吹の春、生命の糧である稲作開始期に咲く桜の花は、日本人の精神文化と深く結びつき、「右近の橘、左近の桜」として、皇室の象徴的な植物のひとつにもなったのでしょう。
生きた桜は匂わない!? 桜の香り成分「クマリン」の秘密
日本人は桜の色と香りを愛し、食文化にも活用してきました。和菓子の代表である桜餅に使われる葉の塩漬けや、料理のあしらいと香りづけに使われるヤエザクラの花の塩漬けなどが、その代表例です。
桜の香りの成分は、ポリフェノール類などに代表される芳香族化合物グループの基原物質「クマリン」です。クマリンは分子量が小さく、大気中に揮発されるため、香りを感じることができます。
しかし、生きている桜の花や葉の細胞中では、クマリンはブドウ糖と結合し、重く揮発できない状態となります。そのため、生きている花や葉をちぎっても"桜の香り"を感じることはできません。
では、葉や花を塩漬けすると、どうしてあのように芳醇な桜の香りが出るのでしょう。そこには、桜の"周到で非情な生き残り戦略"があるのです。
花や葉が落ちるとクマリンが毒に! 桜のすごい生き残り戦略
クマリンは実は生物毒で、桜が他の生物に対する武器として合成しているものです。桜の体内にある時は分子量が重く、水に溶けるブドウ糖と結合しているため、自由に動けない状態で貯蔵されています。
しかし、花弁が散ったり秋になって落葉したりすると、細胞が壊れて酵素が働き、クマリンがブドウ糖から切り離されます。その結果、クマリンが自由に動き回れる状態となり、落ちて地面に毒をまき散らします。こうして他の植物や有害な生物が繁殖できないようにして、親の木を守るのです。
その証拠に、秋深くに少し黒ずむぐらいに発酵している桜の落葉を拾ってもむと、あの桜餅の良い香りがしてくることでしょう。これは、塩漬けにすることで水分が抜けて細胞が壊れ、酵素が働くのと同じ理屈です。
和ハーブ協会では、このように葉が落ちてから芳香成分が強くなる和ハーブたちを「落ち葉アロマ」と呼んでいます。他には街路樹などにも良く使われる「カツラ」の落ち葉や、桜と同様にクマリンを合成する秋の七草「フジバカマ」などがあります。
このように桜の葉や花びらは、香りは素晴らしいながら、大量に食べれば肝臓毒となります。実際に人間はクマリンの生物毒性を利用し、殺鼠剤などにも活用してきました。
しかし同時に、桜餅の葉もあしらいのヤエザクラの花びらも、人にとっては少量ならば抗酸化効果やその香りが食欲増進を促す"薬"となります。花びらをサラダに散らしたり、和ハーブリカーにミックスで漬け込んだりするのもオツでしょう。
日本人は、和ハーブが自分を守るために体内に作った毒でさえ上手く活用するような、自然と対話をして培った伝統の知恵をたくさん持っていたのです。
さて、次回も和ハーブと日本人の生活、健康、歴史民俗などとの深い関わりについてお伝えしていきたいと思います。
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この方にお話を伺いました
(一社)和ハーブ協会代表理事、医学博士 古谷 暢基 (ふるや まさき)

2009年10月日本の植物文化に着目し、その文化を未来へ繋げていくことを使命とした「(一社)和ハーブ協会」を設立、2013年には経済産業省・農林水産省認定事業に。企業や学校、地域での講演、TV番組への出演など多数。著書は『和ハーブ にほんのたからもの〈和ハーブ検定公式テキスト〉』(コスモの本)、『和ハーブ図鑑』((一社)和ハーブ協会/素材図書)など。国際補完医療大学日本校学長、日本ダイエット健康協会理事長、医事評論家、健康・美容プロデューサーでもある。