今、あらためて注目される能登半島
石川県の北部、日本海に突出する能登半島は、厳しくも美しい自然との伝統的な生活文化が大切に受け継がれてきた土地。
2011年には「能登の里山里海」が国内初の世界農業遺産に認定、2018年には珠洲市が「SDGs未来都市※」に選定されるなど、近年、あらためてその価値が注目されています。
「能登は恵まれた土地だからこそ、住んでいる人はその価値に気づきにくいのです」と話す佐野さん。
進学・就職で一度は能登を離れたものの、Uターンし林業に携わってきました。さらに、里山を活用して新しいことに取り組めないかという思いから、金沢大学の「能登里山マイスター」養成プログラムを修了後、「能登産精油プロジェクト」を立ち上げました。
能登の森のクロモジ
精油の原料として佐野さんが着目したのは、能登の森に多く自生する落葉性の低木、クロモジ。甘く爽やかな香りをもち、枝は、古くから高級爪楊枝の素材に使われています。
この地方では、香りによるリラックス効果を求めて束ねた枝をお風呂に入れることも。
また、クロモジはその鎮静・健胃作用から生薬の「烏樟(ウショウ)」として薬用養命酒にも使用されています。
クロモジの精油ができるまで
能登の森のクロモジ。樹皮の黒い斑点から黒文字(クロモジ)と名づけられたとも。枝を折ると清涼な香りが立ち上ります。
刈り取ったクロモジは、粉砕してチップ状にします。
クロモジのチップを蒸留機に入れ、水蒸気を当てて気化させた香りの成分を冷却することで、精油が1滴1滴抽出されます。
30リットルのクロモジのチップからできる精油は、わずか20ミリリットル足らず。
樹木の種類が違うと、精油の比重も異なることから、蒸留器の設定を調節しながら作業します。できた精油は約1~3カ月寝かせて香りを落ち着かせます。
瓶詰めは、一本一本手作業です。ほこりなどが入らないよう、クリーンブースで行います。
春夏のものは清々しく、秋冬のものは深みのある香りになりますが、「香りから里山の季節を感じてもらいたい」と、季節ごとに違いがあってもあえて調合はしないそう。
精油づくりを通じて地域や遠方の人々との交流を広げるだけでなく、クロモジの成長量調査や、地域活性化を学ぶ学生への精油づくり体験なども行っている佐野さん。
「山のことは知れば知るほど面白いです。能登に生まれ、その恩恵を受けて生きてきました。このご縁を大切に、山にも人にも恩返しをしていきたいです」とその思いを語ります。
人の手が入ることで健全さが保たれる里山の自然。佐野さんの取り組みから美しい森が育まれ、能登の地域活性につながる、そんな未来へと続く一歩がこの地に刻まれつつあります。