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万葉のころから生活に根付いた「スミレ」

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日本は約250種が自生するスミレ王国

3月の中旬から下旬にもなると北風を受けない南側に面した場所などにはスミレが花を咲かせます。毎年株が大きくなってゆき、さらに種子が飛び散り広がることはありますが、一般的な雑草のように増えすぎるということはありません。

スミレの可憐な花は世界の人々に親しまれていて、日本でも万葉のころから生活に密着していました。スミレの仲間は世界に広く分布しており、特に南北に細長い日本列島では世界の半数近い約250種が自生しています。その分布率は世界一で、日本は世界に誇るスミレ王国ともいえます。『新訂牧野新日本植物図鑑』には、スミレの名を冠した植物は30種が収載されています。その中でも私たちが一番目にするスミレと名がついた植物についてご紹介します。

スミレは、東アジア温帯の山野や道端の日当たりのよい所に生えるスミレ科の無茎性の多年生草本で、高さは7〜11cmほど、葉は翼のある長柄があって株もとから多数束生します。春に葉の間から花柄をだし、その先に左右相称の濃紫花(稀に白色花)を横向きに開きます。 植物学的にスミレが変わっているのは、せっかく咲いた花には種子ができず、初夏を過ぎてからの蕾のような花(閉鎖花)がたくさん株から出て、開花しないで種子を作ることです。種子が入った朔果は熟し乾燥すると三つに裂け、種子をはじき飛ばします。種子の一端に蟻が好む脂肪の固まりがついていて、蟻は巣の中に運びこみ脂肪分を食べた後、外に種子だけを捨てる蟻散植物として知られています。

古来、スミレが親しまれてきたことは『日本植物方言集』にスミレの方言が約200種収載されていることからも分かります。 特に明治以降は西欧文化の影響が加味され、与謝野鉄幹らのロマン主義の詩人たちが空に輝く星とスミレをよく詠んだので「星菫(せいきん)派」と呼ばれるようになり、また宝塚の歌で知られる「すみれの花咲くころ 初めて君を知りぬ」の歌詞に登場するようになって、ますます大衆に広まっていきました。

山部赤人が詠んだ歌は、スミレを摘みに出かけたまま、あまりの懐かしさに帰るのを忘れ、一夜野辺で寝てしまったという意味ですが、当時の人々のスミレに対する思いを偲ぶことができます。今日でも、スミレは花を二杯酢、葉の和えものやスミレ飯などに利用している所があるように、山部赤人も花を単に摘む優雅な遊びだけでなく、花や葉を食用のために集めていたのかもしれません。

スミレの名前の由来は、花の形が大工さんの使う墨壺(別名墨入) に似ているので、「すみいれ」の「い」が省略されたものといわれています。別名は、菫、菫菜、紫花地丁(しかじちょう)、一夜草、相撲取草、駒牽草(こまひきぐさ)などが用いられています。また『万葉集』(783年ごろ)では須美礼、 『和名抄』(931〜938年)では菫菜や菫葵となっています。いずれも花の形や色、花の寿命が由来です。なお、菜がつくのは食べる植物、相撲取草は花の後ろの「距」で引っ張って遊ぶことに由来します。学名は Viola mandshurica で、属名は紫紅色、種小名は満州の意味で、原産地の名前です。

薬用には、花を生のまま、あるいは乾燥させて煎じると頭痛やのどの痛み、視力改善に効果があるといわれます。根は不眠症に用いたりしてきました。

花言葉は誠実、忠実(白花は温順)です。

出典:牧 幸男『植物楽趣』

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