薬効と毒性を併せ持つ
五月も中下旬にさしかかり、新緑の葉が夏の装いへと移る頃、ジギタリスの花が目立ち始めます。枝のないすらっと真っ直ぐな茎に、頂上からたくさんの蕾を付け、下から順次ベル型状の花を咲かせます。白や紅紫色が連なるさまは、とても気品に溢れています。
ジギタリスは背丈が高く美しい彩りで目を楽しませてくれますが、実は毒草としても知られる植物。茎葉には強心配糖体が含まれており、酵素によって自然毒として知られるジギトキシンに変化するのです。家庭で栽培する際は食用の植物と離して栽培するなど注意が必要。とくに花の咲く前は、観賞用や自然肥料として人気があるコンフリー(ヒレハリソウ)に似ているので、同じ庭に植えない方がよいでしょう。
ジギタリスはヨーロッパ原産で、花壇用や切り花など鑑賞用、または薬用としても栽培されるオオバコ科(旧ゴマノハグサ科)の一、二年草あるいは多年草です。類似植物は10種ほど。日本には明治初年に薬用目的で輸入され、現在私たちが鑑賞しているのはこの改良種になります。しかし、明治以降に渡来した植物であることに加え、有毒植物という印象が強いためか、あまり詩歌に詠まれていないようです。
日本での知名度の低さに比べると、ヨーロッパでは昔から身近な植物として親しまれてきました。日本では園芸種が主ですが、ヨーロッパでは湖畔などに野生のジギタリスがたくさん咲いていることもしばしば。鐘状の花が総状に連なり、そよ風に優雅に頭をふる様子は気品があり、King’s-elwand(王杖)と称されるほど。多くの詩歌の題材になることに加え、家紋にあしらわれるほど親しまれています。一説にはギリシア神話でヘラが投げたサイコロから生まれた花ともいわれることから、古くからヨーロッパの人々には身近な存在だったのでしょう。
英名はfoxgloveで、キツネノテブクロとも呼ばれます。学名はDigitalis purpureaで、属名は手袋を意味するラテン語のdigitusが語源となっています。これは花冠の形が指に似ているためで、古代英語名のfolka glove(人、または妖精の手袋)と呼ばれていたことに由来します。ちなみに、花の内側には斑点がありますが、この花が有毒植物である印として妖精が指でつけたものといわれています。
花言葉は、植物の総称では「不誠実」で、赤花は「あなたの導くままにまいります」です。
出典:牧 幸男『植物楽趣』