HOME > 生薬ものしり事典 > 【2020年4月号】春を告げる香り高い「ハクモクレン」

生薬ものしり事典91
春を告げる香り高い「ハクモクレン」

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蕾は鼻の病に使われる生薬「辛夷(しんい)」に

「ハクモクレン」は春を告げる香り高い大きな花ですが、花は短命です。春を待ちわびて咲き始めた花も、風が強い日や、薄霜の日は、白い花弁が褐色になって落下します。樹下一面に広がっている褐色の花びらは、自然の厳しさと無常を象徴しているようにも見えます。
モクレンは、学術的には「シモクレン(モクレンゲ)」を指します。ハクモクレンもモクレンも、花だけ見るとほとんど同じように見えますが、性状や花期が違います。ハクモクレンは樹高が5~10mで太い幹を立てますが、モクレンは3m程度で叢生(そうせい)する性質があります。花期はハクモクレンがモクレンより1カ月ほど早く、香りは白い花が強く、花弁は紫の花のほうが大きいです。花の中央部には上方に雌芯、周囲に雄芯が多数あり、7月頃に赤色の果実が実ります。蕾は毛で覆われ、先端は北方に向かって曲がる傾向があります。これは、芽の発育が旺盛な時、南側から陽光に照らされるため、南側の成長が早く、花芽の先端が北に向いてしまうためです。


ハクモクレン


モクレンの主な種類には、木蓮(紫木蓮:紅紫色の花)、唐木蓮(姫木蓮:紫木蓮の小型の花)、更紗木蓮(更紗蓮華:内側は白、外側は淡紅色の花)があります。俳諧では、これらの種を特に区別せず、一括してモクレンとして扱うことが多いです。
原産地はいずれも中国湖北省付近とされていますが、現在では野生のモクレンは少なくなったと言われています。日本への渡来は、「昔」としか表現されておらず、年代は不明です。主に庭や公園に植栽されており、野生はしていません。春に豊かな花容(花の形)を見せるだけに、原産地の中国では古くから詩歌に多く詠まれてきました。日本では明治時代になってから、文学で取り上げられることが多くなりました。内田百閒(うちだひゃっけん)がモクレンの花を好んだため、忌日の4月20日は「木蓮忌」として知られています。


木蓮の 花より放つ 光かな

照葉女

木蓮や 塀の外吹く 俄風

内田百閒


ハクモクレンの漢名は「玉蘭」で、和名の漢字は「白木蘭」です。江戸時代末期に小野蘭山(1729年~1810年)が、紫色の木蘭にモクレンゲ、シモクレンをあて、白木蘭を玉蘭としたことに由来しています。
白木蘭の名前の由来は、モクレン(シモクレン)の漢名の木蓮の音に基づいており、花が白いからです。また、「ハスに似た大きな花を開く木」という意味もあるようです。別名には「玉蘭花」「木蓮華」「杜蘭」「林蘭」「黄芯」「木蓮」などがあります。玉蘭花は貝原益軒が『花譜』(1694年)で「紫白二色あり。紫は花よからず。白木をまされりとす」としたことに由来。木蓮華は花が蓮華に似ているからで、杜蘭、林蘭は大きな美しい花に由来、黄芯は花芯の姿に由来します。木蓮はモクレンとの混同です。学名のMagnolia denudataは、属名がフランスの植物学者Pierre Magnolにちなみ、種小名は熟した種子の姿に由来します。
薬用には、開花直前の蕾を採取し、軸を除いた後、風で乾燥させます。生薬名は「辛夷(しんい)」です。中国最古の漢方の書物『神農本草経』(250年~280年頃)の上品に収載されている生薬で、「辛雉」「木筆」「迎春」などとも呼ばれています。蓄膿症や鼻炎、鼻づまりなど鼻の病気一般や、頭痛、解熱、鎮咳などに用いられています。
花言葉は「自然の愛」「荘厳」「恩恵」です。


出典:牧幸男『植物楽趣』