HOME > 生薬ものしり事典 > 【2017年7月号】スイレンの別名も持つ「ヒツジグサ」

生薬ものしり事典58 スイレンの別名も持つ「ヒツジグサ」


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水上で開花する日本特産の花

梅雨が終わって、盛夏になると、カンカン照りの太陽の下、池の水面に広がる葉の間から抜け出すように「ヒツジグサ」の白い小花が咲き始めます。ヒツジグサは日本特産の多年草で、初夏から秋にかけて各地の池や沼に自生しているのがよく見られます。
艶のある葉は薄手で優しく、花は清らかで慎ましい、日本人好みの植物のひとつといえるでしょう。根茎は短く、水中の泥に直立して、多数の根生葉が繁ります。葉柄は円柱状で、葉は水面に浮かびます。通常、気孔は葉裏にありますが、スイレン属は葉の表にあるのが特徴です。7〜8月頃に細長い根生葉の柄の先に、直径5cmほどの白い花が開き、夜には閉じます。花の寿命は数日間で、花が終わると花柄は曲がって水中に潜り、成熟すると浮袋の役目をする仮種皮に包まれて水面に浮上します。その仮種皮もやがて腐って、種子だけが水面に沈み、一生を終えます。


ヒツジグサ


ヒツジグサの学名は「Nymphaea tetragona」で、属名はギリシア神話の水の精に由来します。植物学上の名称はヒツジグサですが、「スイレン」とも呼ばれます。日本の在来種は1種だけですが、スイレン属は温帯から熱帯にかけて、世界に約40種が自生しています。明治時代に外国産のスイレンが日本に輸入されるようになると、その花の美しさから一般に広まりました。その際、輸入種が日本在来種と同じ「スイレン」の名称で呼ばれたことから、ヒツジグサとスイレンが混同される原因になったようです。本来なら「西洋スイレン」と呼ぶか、英名の「Water Lily」「Pond Lily」にちなんで「水生百合」と呼ぶべきだったのかもしれません。
現在、輸入種は品種改良が進んで、数百種以上の園芸種があります。これらの園芸種は、温帯系の耐寒性と、熱帯系の熱帯性に大別されます。花は大輪系と小輪系があり、色は白、黄、紅、紫と多様です。

詩歌に詠まれたのは、輸入種が増えた明治以降に多く、在来種と混同していた歌人が多かったようです。
「水の焚く 夏の香炉の けぶりたる 薄紫の 睡蓮の花」与謝野晶子
「雨明るく なりし目前の ひつじ草」臼田亞浪

牧野富太郎博士は、「日本名の未草(ヒツジグサ)は、未の刻(午後2時)に花開くから名付けられたものだが、開花時間は必ずしも一定でなく、もっと早いこともある。閉花時間は午後6時頃である。花は3日間開閉を繰り返す。漢名は睡蓮、子午蓮である」と述べています。
江戸時代の書『大和本草』には、「此ノ花ヒツジノ時ヨリツボム」という記述があり、明治時代までは、朝開いて、未の刻に閉じると思われていました。牧野富太郎博士はこれを実際に確かめるために、京都の巨椋池で早朝から夕方まで観察を続け、花は正午から午後3時頃までに咲き、夕方5〜6時頃に閉じることを確かめたというエピソードが残っています。

フランスの印象派画家クロード・モネはスイレンが好きで、自宅の庭の池にスイレンを植え、スイレンを描いた名作を数多く残しています。花言葉は「清純な心、純潔、信頼」です。


出典:牧幸男『植物楽趣』