HOME > 研究員のウンチク > 【2009年4月号】睡眠物質の発見!



睡眠物質の発見!


「草木も眠る丑三つ時」と昔から言い伝えられているように、私たち人間をはじめとして、どんな動物も必ず眠ります。イルカのように水中で生活をしながらも肺呼吸を行うような動物は、休息や睡眠中であっても水面に出て呼吸をする必要があります。そこでイルカの場合は、脳を半分ずつ眠らせることができる「半球半眠」と呼ばれる特殊な睡眠技術を獲得しました。「半球半眠」では左目を閉じた場合に右脳を、右目を閉じた場合に左脳を睡眠状態とすることができ、半分寝た状態で泳ぐことができるようになっています。

では、ヒトや動物が眠るメカニズムはどうなっているのでしょう?この疑問に対する明確な答えはなかなか見つけられず、長く、多くの研究が行われてきました。そんな中、長い時間起きていると体の中に眠くなる物質(睡眠物質)が蓄積し、ある量を超えると眠ってしまうのではないかという仮説が唱えられました。その答えとなる研究は、今から約100年前に当時の愛知医学校(現・名古屋大学医学部)の石森國臣博士が行いました。石森博士は犬を長時間眠らせないでおき(断眠といいます)、その断眠した犬の脳の抽出物を別の正常な犬に注射するという実験を行った結果、十分に睡眠を取っていたにもかかわらず、その犬は眠ってしまうという現象を観察しました。石森博士は断眠した犬の脳抽出物の中には睡眠を誘発する物質が含まれているものと考え、「催眠性物質=睡眠の真因」という内容の論文を発表し、睡眠物質の存在を示唆しました。

その後、ヒトや動物の脳内に存在して自然な睡眠を誘発する働きを持つ睡眠物質の研究は数多く行われ、脳、血液、尿などから約30種類もの睡眠物質が発見されてきました。中でも、早石修博士(大阪バイオサイエンス研究所理事長)らのグループが発見したプロスタグランジンD2(PGD2)は最も強力な睡眠誘発作用を有し、作用機構の解明が進んだ睡眠物質として知られています。そのメカニズムとして、PGD2が脳のまわり(正確には、脳脊髄液を指します)に溜まってくると、第2の睡眠物質であるアデノシンが脳内の神経細胞を介して信号を伝達し、睡眠中枢を刺激することによって眠りを誘発することがわかってきました。一方で、同じプロスタグランジン類であってもプロスタグランジンE2(PGE2)は睡眠とは逆の働きをする覚醒中枢に作用して、ヒスタミンを介して脳を覚醒し、目を覚まさせる方向に働くことで、睡眠と覚醒の絶妙なバランスを取っていることがわかってきました。

睡眠研究はまだまだ未知の部分が多く、現在も様々な研究が活発に行われています。睡眠研究に没頭する研究者ほど“眠れない”日々が続くと言われていますが、その分大きな“夢”も見られるのではないでしょうか!


■ 鈴木 和重 (養命酒中央研究所・基盤研究グループ・主任研究員)