HOME > 生薬ものしり事典 > 【2020年9月号】北原白秋の詩で知られる「カラタチ」

生薬ものしり事典96
北原白秋の詩で知られる「カラタチ」

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実は枳殻の名で知られる生薬に

北原白秋が作詞し、山田耕筰が作曲した名曲「からたちの花」。二番の歌詞には、秋の風情が歌われています。「からたちは 畑の垣根よ いつもいつも とおる道だよ からたちも秋はみのるよ まろいまろい金のたまだよ」
春、葉が出る前にちぢれたような白い五弁の花が咲き、見事に成長したカラタチの金色の実が、秋の訪れを知らせてくれます。
カラタチは中国の長江付近が原産で、古い時代に日本に渡来したといわれています。『万葉集』(7~8世紀)に一首収載されているので、そのころには渡来していたといえます。『伊勢物語』(10世紀ごろ)には「茨やからたち」と記載され、『枕草子』(11世紀)には「名おそろしきもの」として記載されており、いずれも厳めしいものとしてとらえられています。
渡来植物ですが、日本の風土によく適合して全国に分布するようになり、一部は野生化しています。通常は生垣に使われますが、ウンシュウミカンをはじめ、多くの柑橘類の台木として用いられています。カラタチは耐寒性が強く、接ぎ木した柑橘類の品質がよくなるといわれています。
カラタチはミカン科の落葉低木で、幹は通常2m以内、老木は4mを超えるものもあります。樹皮は緑色、トゲが多く、枝も多いのが特徴です。花が咲いた後に葉が生じ、秋にはピンポン球大の球果が黄色に熟し、柑橘類の香りを放ちます。観賞用に品種改良された飛龍や葉に斑が入った種類もあります。
古くから知られている植物ですが、人に好まれなかったため、詩歌に詠まれるようになったのは明治以降です。


カラタチ


からたちの 花の匂ひの ありやなし

高橋淡路女

まろみ増す 天からたちの 実を太らせ

丸山海道


植物名については「唐橘(からたちばな)の略されたもので、中国渡来のタチバナの意味である。枳殻(きこく)は音読みであるが、元来枳殻は別の種類の名である。漢名は枸橘である」と牧野富太郎博士は述べています。
カラタチを枳殻と書きますが、元来は別の植物の名前です。カラタチの実が香ることから、薬用植物の枳殻と同一と考えられたようです。枳殻は『開宝本章』(10世紀)に収載されている生薬です。
カラタチの別名「ゲス」は、九州地方でカラタチの酸味を「下等な酢」としたことに由来します。
学名はPoncirus trifoliataで、属名はフランス語のミカンの意。種小名は三葉の意で、三小葉を持つミカンの木の意味です。
薬用としては枳殻(きこく)の生薬名で呼ばれ、実を干したものは健胃、利尿、去痰に用いられています。また、ユズと同じように浴用剤にも利用されています。
カラタチの栽培は容易で、実生で成長します。4~5年ぐらいから垣根として利用できます。欠点としては、アゲハチョウの幼虫がカラタチの葉を好むので、知らずにいると葉を食い尽くされてしまいます。また、トゲがあるので剪定が大変です。
カラタチの花言葉は「思い出」「温情」「泰平」です。木には「悠然とした」、花には「貞節」「相思相愛」という花言葉もあります。

出典:牧幸男『植物楽趣』