HOME > 生薬ものしり事典 > 【2019年5月号】谷間の百合と呼ばれる可憐な「スズラン」

生薬ものしり事典80 谷間の百合と呼ばれる可憐な「スズラン」


ライン

かつては強心・利尿薬、今は毒草

「五月がやってきた こんじきの光と
 絹のような微風と かぐわしい匂いをつれて
 したしげに白い花々で誘いかけ…」
ドイツの詩人ハイネは、『神々のたそがれ』(ハイネ著・井上正蔵訳『歌の本』岩波文庫より)の中で、5月をそんな風に詩っています。春から初夏へと移り変わる5月は、若葉が萌え、薫風が頬を通り過ぎていく、美しい季節です。ハイネの詩に出てくる花の香りは、スズランの香りを連想させます。ドイツ語で「Mai-blumen(5月の花)」と呼ばれることから、ドイツではスズランが5月にふさわしい花として愛されていることがわかります。


スズラン


スズランはユリ科の多年性草本で、日本では北海道から中部地方の日当たりのよい高原や草原、林の下に分布し、関西以西の九州などでは山地に生えます。
膜質のさや状葉の間から2~3枚の尋常葉が出て、5月ごろ、さや状葉の中に高さ15~25cmほどの葉よりも低い仮軸が1本出てきます。その上部に総状花序を付け、可憐な白色の小花を開き、芳香があり、秋には赤い果実を結びます。植物全体が清らかで可憐に見えることから、多くの人々に好まれています。
観賞用に植える人も多いのですが、観賞用の多くは「ドイツスズラン」です。ドイツスズランは日本産のスズランと違い、全体が大型で、葉の表が粉末を帯びた緑色、裏は濃緑色、花茎が葉と同じ高さに成長するので判別は容易です。


日本人は古来、あまり強い香りの花を好まず、スズランが詩歌に詠まれるようになったのは、西欧文化が入ってきた明治以降です。


山の上に 心伸々し 子等二人 鈴蘭の花を 掘りて遊べる

島木 赤彦

鈴蘭や 葉陰に咲いて 隠れがち

村上 鬼城

鈴蘭の リリリリリリと 風に在り

日野 草城


漢名の植物名である「鈴蘭」については、花の垂れ下がる形を鈴に例え、全形が蘭のように見えることに由来するようです。別名に「君影草(キミカゲソウ)」「谷間の姫百合」「真珠梅」などがあり、いずれも花の形や英名「Lilly of the Valley」「May lilly」から生まれたと考えられています。
学名はConvallaria majalis var. keiskei (Miq) Makino で、属名は「Convallis(谷)」と「leirion(ユリ)」の合成語、種小名は「5月に咲く」の意で、「5月に谷に咲くユリ」という意味になります。keiskei(伊藤圭介博士)、Makino(牧野富太郎博士)は植物研究者の名前で、日本産のスズランが変種であることを示しています。
花が階段状に咲くので「天国への階段」というロマンチックな名で呼ばれることもあります。かわいらしい花の姿から、バルザックの『谷間の百合』など小説や詩歌の対象にもよく選ばれてきました。島崎藤村は『千曲川のスケッチ』の中で、「谷の百合は一名を君影草とも言って、『幸福の帰来』を意味する…」と紹介しています。


一方、スズランは毒草でもあります。以前、強心や利尿の薬として利用されてきましたが、血液凝固や心不全を起こす副作用があるので、現在は使用されていません。スズランが挿してあったコップの水を飲んで中毒を起こした事件や、新芽のスズランを行者ニンニクの葉と間違えて料理に用いて中毒を起こした報告もあるので、注意が必要です。
スズランは北海道・札幌市では市花に、スウェーデンでは国花になっています。
花言葉は「きっと幸福になります」で、西欧では5月1日にスズランの花束を贈ると、その人に幸福が訪れると言われています。


出典:牧幸男『植物楽趣』