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生薬ものしり事典71 盆花に使われる秋の野草「ワレモコウ」


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「地楡」の名で知られる生薬

暦の上では上旬に立秋を迎える8月。厳しい暑さの中にも、秋の気配が感じられる時季です。この頃に里山を歩くと、ワレモコウの急成長した姿に目を見張ります。のこぎりのような小さな葉と、赤みを帯びた細い枝ぶり、桑の実のような暗紅紫色の小さな花は、決して華やかではないけれど、秋を感じる野草として古くから人々に親しまれ、生け花や盆花に使われてきました。
ワレモコウは東南アジアからヨーロッパまで広く分布しているバラ科の多年生草本です。春に宿根から可憐な芽を出し、初夏には極めて細い茎を伸ばします。そして夏の終わり頃、子どもの小指ほどの暗紅紫色の花が茎の枝先に1つずつ咲きます。あまり花らしく見えませんが、よく観察すると、花弁のない小さなガクが密集しています。花は枝先から咲き始め、次第に下に移っていく有限花序で、花の寿命は1カ月以上続くこともあります。


ワレモコウ


紫式部(平安時代中期)は、ワレモコウを「物げなき風情とわれもこう」と表現しています。
後水尾上皇(在位1611~1629年)の第一皇女の梅の宮は、21歳のときに得度し、大和南部の帯解の円照寺に住むようになりましたが、毎年秋になるとワレモコウの花を摘んで自分の気持ちを託し、修学院離宮に住む上皇に送ったと伝えられています。


ワレモコウの花の由来は、『牧野植物図鑑』によると、「日本名は吾木香である。木香(キク科)に古くから日本の木香の意味で、我の木香と呼ぶワレモコウの名があった。その後、名だけが本種に移ったのかもしれないし、あるいは古く、木香を本種と間違えてしまったのか、その辺の事情は不明である」と書かれています。
漢名は、葉の形が楡(にれ)に似ていることから「地楡」という字を当てていますが、「吾木香」「吾亦紅」などもよく使われています。
他にも、4つに裂けたガク片の形が木瓜紋に似ていることから「割木瓜」、花の外観から「坊主花」、花によくトンボが止まっていることから「蜻蛉花」、葉の形がのこぎりに似ていることから「鋸草」など、別名が多くあります。
『和名抄』(932年)には「地楡」の漢名が見られます。『本草綱目啓蒙』(1803年)には、「我木香」と呼ばれる芳香のある植物が多く登場していますが、ワレモコウには芳香はありません。詩歌に詠まれるのは平安時代より後のようです。


吾亦紅 すすきかるかや 秋くさの さびしききはみ 君におくらむ

若山牧水

吾木香 さし出て花の つもりかな

小林一茶

吾亦紅 風が持ち去る 日月よ

渡辺桂子

ワレモコウの学名はSanguisorba offcinalisで、属名はsanbuis(血)+sorbere(呼吸する)の合成語です。これは古くから止血目的に使われていたことに由来します。種小名は「薬のある」という意味です。
薬用としては、根茎の日干を「地楡(ちゆ)」と呼び、下痢止めや止血、下血などの収斂剤として用いたり、火傷の外用薬に用いてきました。
食用としては、春先の若葉をお浸しにします。
花言葉は、「変化」です。


出典:牧幸男『植物楽趣』