HOME > 健康の雑学 >  【2013年2月号】 チョコレートの雑学

チョコレートの雑学

日本にチョコレートがやってきたのはいつ?ギネス長寿者もチョコレートが大好物?失恋にもチョコレートが効く?チョコに関する古今東西のウンチクをご紹介!


日本のチョコレート事始め


長崎の遊女も食した“しょくらあと”

日本で初めて史料にチョコレートが登場したのは江戸中期。長崎の有名な遊女町だった丸山町・寄合町の記録『寄合町諸事書上控帳』に、遊女大和路が長崎出島の阿蘭陀人(オランダ人)よりもらいうけたと届け出た品の中に「しょくらあと(チョコレート)六つ」という記載があります。阿蘭陀人は日本に赴任する際に当時はまだ飲み物だったチョコレートを持参しており、帰国の際に遊女に分け与えていたのです。長崎の遊女は、舶来チョコでハイカラなライフスタイルを送っていたようですね。当時、医術・動植物に造詣が深かった広川澥が長崎に逗留していた際に書き留めた『長崎聞見録』にも、「しょくらとお(チョコレート)は、紅毛人(オランダ人)が持ち渡る腎薬」と紹介されています。


「しょくらとお」の表記が見られる『長崎聞見録』
(長崎歴史文化博物館所蔵 国立科学博物館『チョコレート展』)



日本で初めて発売されたチョコとは?

チョコレートが国内で製造販売されるようになったのは、明治時代に入ってから。東京都両国若松町(現在の中央区東日本橋)にあった風月堂米津松造(現在の東京風月堂)がチョコレートを新製したと、新聞に報じられたのがきっかけでした。大正時代には、アメリカから帰国した森永太一郎の設立した森永西洋菓子製造所(現在の森永製菓)が、日本初のチョコレート一貫製造をスタート。その頃から、チョコレートの人気も広まっていきました



チョコレートは不老長寿の万能薬!


アステカ皇帝は1日50杯のチョコレートを飲んだ?!

「極度の疲労の回復にこれほど効くものはなく、病気や傷にも効き、毒蛇にかまれても大丈夫」——アステカ王朝(現在のメキシコ・シティ周辺に14世紀に築かれた)の時代にはカカオは「神の食べ物」であり、薬草とのブレンドで胃腸薬や解熱剤、歯痛から、果ては赤痢や毒消し治療にも有効な万能薬として珍重されていました。当時のチョコレートは美味しいスイーツではなく、ザラザラした苦い飲み物だったにもかかわらず、アステカ皇帝は黄金の器で1日に50杯は飲んでいたといますから、よほど不老長寿に憧れていたのでしょうね。

ギネスの長寿者もチョコレートが大好物!

ギネスの最高齢記録保持者であるフランス人のジャンヌ・カルマンさん(1997年没)は、大のチョコレート好きで、122歳で天寿をまっとうするまで週に約900gのチョコレートを食べていたといいます。さらに、ジャンヌ・カルマンさんに次いで人類史上2番目の長寿者として知られるカナダ人のサラ・クナウスさん(1999年没)も、119歳で永眠するまでやはりチョコレートが大好物でした。
ちなみに、カルマンさんは117歳まで喫煙者で、クナウスさんは大の野菜嫌いだったといいますから、それを補っても余りあるチョコレートの抗酸化力たるや、恐るべしですね!



恋愛ホルモンとチョコの甘い関係


失恋にもチョコレートが効く?!

恋に落ちるとドキドキするのは、人の脳から“恋愛ホルモン”の異名を持つ「フェニルエチルアミン(PEA)」という快楽物質が、脳から盛んに分泌されるためです。ただし、恋愛が始まって3〜4年経ったり、失恋してどーんと落ち込むと、このホルモンの分泌は止まってしまいます。
驚くかな、チョコレートにはこの恋愛ホルモンによく似た作用もあるというのです。解明したのはアメリカ・ニューヨーク州立精神医学研究所のデイヴィッド・シュワーツ博士。この事実に気づいたのは、失恋した女性がなぜかチョコレートばかり食べていたことに博士がピンときたのがきっかけだったそう。チョコレートはまさに、愛の告白から失恋、はたまた倦怠期カップルの恋の再燃にも効く“愛の万能薬”のようですね!

恋多き貴人たちが好んだ“朝チョコ”

チョコレートに恋愛ホルモンに似た作用があることがまだ解明されていなかった時代から、チョコレートは恋多き貴人たちの朝のひとときに欠かせなかったようです。例えば18世紀ヨーロッパの絵画を見ると、浴槽で召使に髭を整えさせながらチョコレートを飲んでいる男爵の絵には「フランスの伊達男にとって、チョコレートは朝の健康な儀式」と書かれています。また、封書とチョコレートを携えた召使にかしずかれた湯上り姿の貴婦人の絵には「ドイツの美女の朝風呂は、恋文と一杯のチョコレートで完了する」と書かれています。情熱的な美男美女の優雅なる“朝チョコ”習慣、ぜひあやかってみたいですね!