ヘビ、オオトカゲ、ハリネズミ、スズメバチの巣、ミイラ……実は、これらはれっきとした生薬の一種なのです!今月は、日本でも珍しい希少な生薬資料を多数展示している明治薬科大学「明薬資料館」に潜入し、ちょっとレアでユニークな生薬の数々をご紹介します。珍しい生薬を当てるびっくりクイズもあるので、ぜひ挑戦してみてください!
「生薬(しょうやく)」とは、植物や動物、菌類、鉱物など、天然由来の薬効を持つ医薬品の総称です。日本では古来より民間伝承の和薬から中国由来の漢方薬まで、さまざまな生薬が利用されており、江戸時代には薬種(やくしゅ)とも呼ばれていました。厚生労働省が定めた医薬品の規格基準『第17改正日本薬局方』にも200品目以上の生薬が収載されています。生薬の中には、ドクダミなど薬草由来の生薬もあれば、「まさかこんなものが…?!」と仰天するような獣や爬虫類、虫などを原料にした生薬もあります。そんな珍しい生薬の数々が展示してあるという「明薬資料館」を尋ねてみました。
東京都清瀬市の明治薬科大学キャンパス内にある「明薬資料館」は、今も使われている漢方処方の生薬から、今は入手できない貴重な動物生薬まで、日本有数の生薬の宝庫です。明治薬科大学の教授である“生薬博士”こと岡田嘉仁教授に、館内を案内していただきました。国立科学博物館主催の「化け物の文化誌展」(2006年)や「医は仁術」(2014年)で展示されたミイラなどの生薬も展示してあるそうです。
明薬資料館
https://u-lab.my-pharm.ac.jp/~museum/住所 | 東京都清瀬市野塩2-522-1 |
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電話 | 042-495-8942 |
開館日 | 火〜木曜:13時〜16時、 土曜:10〜13時(第2土曜は除く) |
休館日 | 月・金・日・祭日、その他(大学の休業期間等) |
*臨時の開館・休館についてはホームページをご確認ください。 |
明治薬科大学 天然薬物学教授、薬用植物園長、薬学博士。1980年、明治薬科大学大学院薬学研究科修士課程修了。専門分野は生薬学、天然薬用資源学、伝統医療薬学。生活習慣病予防を目指した“薬食同源”に立った生活習慣病予防の研究教育を目指し、世界各地の薬草をはじめとする天然素材の有効利用を目標に、活性物質の解明を行っている。
まずは貴重な動物生薬や植物生薬が展示された生薬資料コーナーへ。岡田教授いわく「生薬は、新薬を生み出す土台にもなりました。薬学を研究するには、生薬の原料がどんなものなのかを知ることが大切です」
館内でもひときわ目を引く「麝香鹿(ジャコウジカ)」のはく製。角がなく、オスには長い牙(犬歯)があります。発情期にオスがメスを誘うために下腹部から分泌する「麝香(ジャコウ)」を乾燥させたものが、古くから鎮静薬や強壮薬、香料として珍重されてきました。館内にはジャコウ独特の香りを実際に体験できるコーナーもあるので、ぜひお試しを。このはく製は、卒業生から寄贈された大変貴重なものです。現在は乱獲防止のためにワシントン条約で商業取引が禁止されていますが、規制前に捕獲された生薬は今も使われています。
「これも生薬?!」と驚くような生薬の原料がずらりと並んでいて圧巻です。
オオヤモリの内臓を取り出し、竹片で四肢を展開し、オス・メスの腹を合わせて固定して乾燥した「蛤蚧(ゴウカイ)」。見た目の強烈なインパクトに圧倒されますが、タンパク質や脂肪などの成分が含まれ、古くから咳止めや強壮薬に利用されてきました。
「棘猬皮(シイヒ)」と呼ばれるハリネズミの皮。とげにはケラチン、真皮層にはコラーゲンが含まれており、消化不良による嘔吐や鼻血、痔ろうの緩和に用いられてきました。ハリネズミの姿からは想像できない薬効に驚きますね。
シナゴキブリを乾燥した「庶虫(シャチュウ)」。家に出没するゴキブリではないのでご安心を。中央はヒルの一種ウマビルを乾燥した「水蛭(スイテツ)」。右はムササビの糞便を乾燥した「五霊脂(ゴレイシ)」。いずれも血行の滞りを改善する駆瘀血薬(くおけつやく)などに用いられてきたようです。館内にはさらに驚きの生薬が多数展示されているので、クイズ形式で幾つかご紹介します。
何の生薬か当ててみてください。もしこれが全部分かったら、あなたも“生薬博士”になれるかも?!
問題1これは何でしょう?
ヒント:海の中でゆらゆらしています。
答え
これは簡単ですね!タツノオトシゴを乾燥した「海馬(カイバ)」です。難産や腹痛の緩和に用いられてきました。
問題2これは何でしょう?
ヒント:好物は小さな昆虫です。
答え
「穿山甲(センザンコウ)」という哺乳類の甲羅片です。血行の滞りを改善する駆瘀血や催乳、化膿性皮膚疾患、高血圧症などに用いられてきました。
問題3これは何でしょう?
ヒント:苦手な人が多いかもしれませんね…。
答え
クサリヘビ科の「百歩蛇(ヒャッポダ)」です。内臓を除去して、円筒状に乾燥したもので、鎮痛・鎮静薬として用いられてきました。
問題4この3つは動物の角です。それぞれどんな動物の角でしょう?
A:
B:
C:
答え
A:サイ科動物の鼻上の角「犀角(サイカク)」です。アミノ酸やペプチドが含まれており、解熱や鎮静、解毒、止血などに用いられてきました。
B:オスのマンシュウアカジカのわずかに角化した幼角「鹿茸(ロクジョウ)」です。
強壮、強精、鎮痛薬などに用いられてきました。
C:サイガカモシカの角「羚羊角(レイヨウカク)」です。解熱や抗炎症薬として、高熱による頭痛やけいれんに使われているほか、血圧降下作用があるため高血圧や脳いっ血などにも用いられてきました。
問題5これは何でしょう?
ヒント:これは角ではなく、ある生物の歯です。
答え
“幻の動物”とも呼ばれるイッカク科のクジラ「一角(イッカク)」のオスの門歯です。らせん状の溝の付いた歯は非常に長く、明薬資料館にあるものは2.6mもあります。カルシウムを含んでおり、解熱や解毒、止血薬として用いられてきました。
問題6この枯れ葉のようなものは何でしょう?
ヒント:強心作用のある強い成分を持っています。
答え
ゴマノハグサ科の植物「ジギタリス」の葉です。有毒植物として知られていますが、強心剤としての薬効があるとされています。葉形がよく似たヒレハリソウ(コンフリー)と間違えて誤食して中毒を起こした例もあるので要注意です。
毒にも薬にもなる薬用植物にご注意を!
薬用植物の中には、有毒な成分を含有するものもあり、ジギタリスのように使い方次第で毒にも薬にもなります。近年、ジギタリスをはじめ、キダチチョウセンアサガオ、ハナトリカブトなどの有毒植物が観賞用として販売されたり、一般家庭で植栽されたりしていますが、くれぐれもヒトやペットが食べたりしないように注意しましょう。
問題7これは何でしょう?
ヒント:エジプトではとても有名です。
答え
「ミイラ」です。エジプトのミイラは薬物ミイラの最上品といわれ、江戸時代の蘭学者の大槻玄沢が著した『六物新志』にも、ミイラが止血剤として用いられていたことが記されています。中国から伝わった「木乃伊(ミイラ)」は、乾燥したヒトの肉を意味しますが、死体防腐に使われた没薬の「ミルラ」と混同されて「ミイラ」と呼ばれるようになったといわれます。「明薬資料館」に展示されている「ミイラ」は大原薬業資料のひとつで、当時は貴重な生薬として用いられていたようです。
『明薬資料館』のある武蔵野に古くから自生している薬用植物も生薬に利用されています。
「十薬(ジュウヤク)」=ドクダミや、「麦門冬(バクモンドウ)」=ジャノヒゲ、『薬用養命酒』の原料に含まれている「インヨウカク」=イカリソウなど、身近な所にもさまざまな薬草が見られるのですね。
薬学資料コーナーには、古い実験器具や医学・薬学の文献が展示されています。
古今東西の薬学や医学の貴重な古典に混じって、江戸時代の洒落本なども展示。これは“馬鹿に付ける薬”について語った服部應賀の戯作『馬鹿大妙薬〜馬鹿利膏〜』。挿画は奇才の浮世絵師として知られる河鍋暁斎。
江戸時代から代々続いた愛知県の薬舗(薬局)に伝わる製薬道具などの薬業資料を集めた「大原薬業資料」コーナー。卒業生の大原紋三郎氏から寄贈された薬舗開業260年の歴史を物語る700点以上の薬業遺品が展示されています。
細かな引き出しが100個以上付いた桐製の「薬味箪笥(やくみだんす)」。100種もの生薬を刻んで収納できることから「百味箪笥(ひゃくみだんす)」とも呼ばれます。
レトロな薬のラベルや宣伝資料も展示。まるでお菓子のパッケージのようにカラフルでお洒落なアイテムも。
明薬資料館に隣接する「薬用植物園」には、日本薬局方収載生薬の基原植物や、民間薬として使用される薬草、山野草類が多数植栽されています。一般公開されているので、資料館と合わせてご見学を!
薬用植物園
https://u-lab.my-pharm.ac.jp/~herb/開園:9〜17時(冬期は16時頃まで)/休園:日祝祭日、大学休日
見学方法:大学正門又は東門の守衛所に薬草園見学の旨申し出てください。
「リアルな薬用植物に直に触れることで、医薬品や生薬の原料となる薬用植物への理解がより深まります」と岡田教授。
薬用植物のすぐ側には、薬効について書かれた説明板も表示。まるで立体的な薬用植物図鑑の中を散策するようにして知識を深めることができます。
知れば知るほど奥が深い生薬の世界。見た目はちょっとグロテスクでも、自然界にあるものから身体に良いものを見つけようとした先人の知恵と勇気には驚かされると同時に感謝を覚えますね。
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