ワインで乾杯する機会が多い年末年始。古来より医療や薬用に活用されてきたワインには、8千年もの歴史と科学の英知が詰まっています。今月の元気通信では、日本で初めてワインをテーマにした大規模展覧会「ワイン展〜ぶどうから生まれた奇跡〜」(国立科学博物館で2016年2月21日まで開催中)のレポートをお届けします。加えて、クリスマスやお正月にぴったりのヘルシーなワインづくりにもチャレンジしました!
国立科学博物館で開催中の「ワイン展—ぶどうから生まれた奇跡—」の総合監修をされた国立科学博物館植物研究部 部長の岩科司(いわしな・つかさ)先生にお話を伺いました。
私は山梨のぶどう農家で生まれ育ったので、ぶどうもワインもとても身近な存在です。当時はワインのことをぶどう酒と呼んでいました。普段、私たちが何気なく飲んでいるワインには、じつはとても長い歴史とサイエンスの英知が詰まっています。ワインはぶどうを原料に、特定のワイン酵母菌と結びついてつくられるお酒なので、ワインを楽しむ人間は生物多様性の恩恵に預かっているといえます。ワインは飲むだけでなくその味や香り、色あい、酒器やラベルのアートなど、五感を使って楽しむことができます。今回の「ワイン展」は、そうした奥深いワインの魅力をじっくり味わっていただけると思います。
会場は3つのゾーンで構成されています。まず第1のゾーンでは、生食用からワイン用まで多様なぶどうの種類や栽培方法、ワインができ上がるまでの醸造工程を体験しながら学べます。
たわわに実ったぶどう畑を散策する気分で、ずらりと並んだ多彩なぶどうの品種をチェック。
病気などのある粒を手作業で取り除いて「選果」しながらぶどうを収穫するゲームにチャレンジ!
美味しいワイン用のぶどうが生育するには、気温・降水量・日照などの「気象」、地質の「土壌」、気象に関わる「地勢」が大きな影響を及ぼします。それらの生育条件を「テロワール」といいます。最近では、その条件に「つくり手」も含まれると考えられています。ぶどうの品種によって生育条件は異なりますが、ワインの品質はテロワールで7割は決まるといわれています。近年は地球温暖化の影響や、栽培技術の進歩によって、ぶどうの品種とテロワールも変化しています。
ぶどうをワインに醸造する「シャトー・カハク(科博)」へ!
現在は機械作業ですが、昔は収穫したぶどうの果実を足で踏んで破砕していたそう。実際にぶどうをムギュムギュ破砕する作業を疑似体験!ちょっとクセになりそうな不思議な感触…。
ワイン酵母によって発酵中の液を櫂(かい)でかきまぜて均一にする作業「ピジャージュ」を体感!浮き上がってくるぶどうの果皮がねっとり絡みついてくる感じで、かなり重たいです…。
第2のゾーンでは、ワイン発祥の地西アジアから、古代メソポタミア、エジプト、ギリシア・ローマ、そして日本へと広まっていった古今東西のワインの歴史を体感!
ぶどう属の祖先は約1億4千年も前に出現し、氷河期にほとんど絶滅しました。その後約1万年前から再びユーラシア大陸に野生ぶどうが繁茂し、これを人類は食用に利用し始めました。紀元前6千年頃、黒海とカスピ海沿岸のジョージア(グルジア)で、貯蔵されていたぶどうジュースが土器の中で自然発酵し、ワインが偶然生まれたのではないかといわれています。まさに“奇跡のひとしずく”ですね!
ワインは生きているので、熟成するワインの液体を保管する器がつくられました。紀元前3千年頃、エジプトの海辺で砂に突き刺してワインを保管していた壷。
ワイン壷(東京大学考古学研究室蔵)前3千年紀初頭
メソポタミア時代のジャベル・アルーダ遺跡(シリア)から発掘されたハリネズミ型の注口土器の復元品。ブタの形をした日本伝統の蚊取りではないので、念のため…。動物型の容器を通して飲むことで、その動物の霊力を授かると信じられていたそうです。
古来、ワインは医療に使われていました。メソポタミアでは、はちみつ入りのワインを咳止めに処方するなど、薬のように調合していました。ギリシア時代の名医ヒポクラテスは、白ワインを利尿用に、タンニンの多い赤ワインは下痢止めに用いていたそうです。また、ローマの医師ケルルスも、松やに入りのワインは便秘に、沸かしたワインは止血に効果があると記しています。イスラム教国家には禁酒のおきてがありますが、ワインは傷薬として利用していたようです。
西アジアで生まれたワインはシルクロードを通って8世紀に唐(中国)へ。胡人俑(こじんよう)の土器が抱える革袋には、ワインが入っていたと推測されます。
胡人俑(平山郁夫シルクロード美術館蔵)
日本には戦国時代に南蛮貿易によってワインが伝来しました。江戸時代、長崎の出島オランダ商館での宴会風景の絵には、宴たけなわのテーブルにワインボトルやワイングラスが描かれています。
「宴会図」(「唐蘭館絵巻」川原慶賀筆:長崎歴史文化博物館蔵)
明治時代に殖産興業のひとつとして、日本でもぶどう栽培とワイン醸造が始まります。日本人の嗜好に合わせた蜂印の甘味葡萄酒は、滋養強壮の薬用酒としてヒット商品になりました。
蜂印香竄葡萄酒ポスター(アド・ミュージアム東京蔵)
第3のゾーンでは、ワインの色、香り、成分の秘密や、ワインボトルやアートラベルなど、ワインのおもしろさを満喫!
ワインの色調は、原料のぶどうの品種が影響し、果皮の色が濃いほど、濃い色のワインになります。ワインの色に関わるぶどうの色素はアントシアニンなどのポリフェノールです。
ワインには驚くほど多様な成分が含まれており、さまざまな健康効果があるといわれています。岩科先生いわく「ワインに多く含まれているポリフェノールのフラボノイドは、抗酸化力が強く、活性酸素を除去する能力があります」。赤ワインにも白ワインにもポリフェノール成分が含まれていますが、ぶどうの果皮が含まれている赤ワインにはアントシアニンやレスベラトロール、プロアントシアニジンといったポリフェノールが多く含まれています。
これはワインの香りを学ぶために54種類の香りがセットされたサンプル「Le Nez Du Vin(ル・ネ・デュ・ヴァン)」です。ワインの多彩な香りの正体は、数百種類もの香り成分(香気成分)が複合したもので、香りの質も濃度も多様です。会場にはスミレの花の香りを嗅ぐコーナーがありますが、約3割の人はスミレの香りを認識できないそうで、人が感知できる香りの濃度も千差万別です。そうした複雑さがワインの香りに深みを与えているといえます。
香り体験コーナーではバラの花、イチゴ、グレープフルーツ、ピーマンの香りを嗅いだ後、4つの香りのいずれかがブレンドされた香りを当てるクイズがあるので、ワイン展に行ったらぜひお試しを!
17世紀末〜18世紀初頭につくられたスペイン製のレースガラス・カンティール。美しい色や奥深い香りを持ったワインにインスパイアされた、芸術的な酒器も展示されています。
レースガラス・カンティール(サントリー美術館蔵)
1840年にバルト海に沈んだ沈没船から引き上げられた145本のシャンパーニュの1本が会場に! 長年海中に眠っていたとはいえ、ちゃんと飲めるそう。日本では初公開です。
沈没船から見つかった約170年前のシャンパーニュ 写真提供:Visit Aland
毎年異なる芸術家がデザインすることで有名な仏ボルドー地方の「シャトー・ムートン・ロートシルト」のアートラベルも一堂に!ミロ、シャガール、ダリなど、アート好きにはたまらないコレクションです。岩科先生がイチオシのラベルは1973年にピカソが描いた逸品。
国立科学博物館で開催中のワイン展は2016年2月21日まで開催中。
(毎週月曜、12月28日〜1月1日は休館。1月4日は開館)
ワインの香りやヴィンテージワインについては、「ワインの雑学」でも取り上げていますので、ぜひお読みください。
ワインの雑学はこちら
ワイン展にちなみ、元気通信編集部では、冬におすすめのヘルシーなワインレシピにチャレンジしてみました。
体を芯からあたためる生姜や、ビタミン豊富なみかん、胃腸の調子を整えるシナモンや丁子(クローブ)、八角(スターアニス)を入れた赤ワインを小鍋で沸騰させないようにコトコト。50〜60度に温度調整できる電子レンジを使ってもOKです。
あたためるとスパイスの香りがふわっと香り、加熱した生姜が体の中からジワ〜ッとあたためてくれます。重口の赤ワインを使うと、深みのある大人のホットワインに。甘さがほしいときは、お好みで黒砂糖やはちみつを加えるのもおすすめ。
ハーブの入ったロゼワインを使ってホットワインをつくってみました。同じレシピでも、赤ワインよりほんのり甘くてハーブの香りが爽やか。見た目もクリアなバラ色で、女子力がアップしそう。
スパークリングタイプのロゼワインと白ワインを使って、冬果実たっぷりのワインカクテルにチャレンジ!
ロゼワインにはリンゴ、柿、イチゴを投入!白ワインにはみかん、ユズ、ラ・フランスを投入!
季節のフルーツとハーブの香るスパークリングワインのマリアージュが完成!華やかな年末年始のホームパーティの席にぴったりです。さまざまなスパイスで自分好みのカスタマイズを楽しんでみてください!
歴史も文化もあって健康にも役立つワインの魅力は尽きませんね。ただし、どんなに美味しくても、飲み過ぎにはご注意を。
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