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生薬ものしり辞典 3 街並みを黄色く染める、イチョウ


冬の足音が聞こえ始めるこの時期、南北に長い日本列島では、北から始まった紅葉もそろそろ終盤を迎えます。野山を染める広葉樹はおしなべて赤や黄色に色を変え、落葉して足元を埋め尽くしていますね。

神社の境内や公園の植栽、また街路樹などでおなじみのイチョウも、そんな落葉樹のひとつ。晩秋になると鮮やかな薄黄色に紅葉して街並みを黄色く染めていきます。と同時に、雌木は独特のにおいを放つ実をつける——この実の種子が、「ギンナン」です。和食のわき役として、また晩酌のお供としてもよく登場するのではないでしょうか。
もちっとした触感で、独特の苦味と臭気を備えたギンナンは、栄養豊富なものの、食べ過ぎると中毒症状を起こすことも……。

今回は、そんなイチョウとギンナンについて、養命酒中央研究所の芦部文一朗研究員が解説いたします。

毒にも薬にもなる、晩秋の生薬
芦部 文一朗(養命酒中央研究所)
イチョウはIUCN(国際自然保護連合)により、絶滅危惧種に指定されています。これは、野生に生えているイチョウがほとんど存在しないためで、中国の浙江省に自生地があるといわれています。しかしながら、挿し木で容易に殖やすことができ、ギンナンは発芽率が非常に高いこと、紅葉が美しくギンナンを食用にできること、枝も葉も燃えにくく火災の延焼を抑えることなどから、世界各地でよく植えられています。

イチョウの木の中には、お葉付きイチョウと呼ばれ、イチョウの葉の先端にギンナンをつけるものもあります。また、老木の中には、幹から横に伸びた枝からさらに幹が地面に向かって垂れ下がってくるものもあり、乳イチョウなどと呼ばれ、子どもの成長などにご利益があるとされて、信仰の対象になっているものもあります。9月の始めころにできた緑色のギンナンの中には、花粉から成長した精子が存在し、卵に向かって活発に泳ぎまわり、最終的に受精します。イチョウのような高等植物の受精に精子が関与することは、東京都文京区にある小石川植物園のイチョウの木から、1896年に日本人が世界で初めて発見しました。

イチョウは雌雄異株であり、悪臭を発する外皮が付いているギンナンは雌株にできるため、並木の中には雄株のみが植えられていることもあります。悪臭の原因成分はイチョウ酸やビロボールであるとされます。動物に簡単にギンナンを食べられてしまわないようにするための、イチョウの生き残り戦略かもしれません。ギンナンそれ自体も食べすぎると中毒を起こすことが知られています。有毒成分は4’-O -メチルピリドキシンで、調理のときに、煮たり焼いたりしても分解せず、嘔吐や痙攣を引き起こします。特に小児が多めに食べた場合、中毒を起こしやすいので、食べ過ぎには注意が必要です。

東洋医学ではギンナンは「収渋薬」(しゅうじゅうやく)に分類され、セキや痰にマオウやカンゾウなどの生薬と組み合わせて用いられることがあります。しかし、症状や体質によって最適な漢方処方は異なりますので、漢方を専門にしている医師にご相談ください。

イチョウは現生する種子植物としては最古の部類に入ることから、「生きた化石」と称されることもあるそうです。
硬い殻に包まれたギンナンですが、焼いたり、新聞紙などで包んで電子レンジで加熱するだけで、手軽に食べられます。今宵は壮大な地球の歴史を感じながら、ギンナンを肴に熱燗を一杯……なんて、乙な時間を過ごしてみるのも良いかもしれませんね。