HOME > 健康の雑学 >  【2012年5月号】 “話題の健康スポット”の雑学

“話題の健康スポット”の雑学


森が舞台のフランス発レジャースポーツって? かつて秋葉原は“健康の聖地”だった? 東京には真っ黒なお湯の銭湯がある?今月は古今東西、話題の健康スポットにまつわる雑学をご紹介します。


親子で楽しむ!21世紀の木登り


昨今では大人だけでなく、子供たちも運動が不足している傾向にあるようです。そこで、ゴールデンウィークに家族揃って楽しめる、いっぷう変わったスポーツレジャー施設「樹の上の冒険王国。ターザニア」(千葉県長生郡長柄町)はいかがでしょう。

この施設で楽しめるのは、フランス生まれのスポーツ「フォレストアドベンチャー」です。直訳すると“森の冒険”。子どもの頃、木登りして遊んだ経験のある方も多いと思いますが、このスポーツは専用のハーネス(安全具)を着用して、樹から樹へと空中を移動していきます。

最初はブリーフィング(安全講習)からスタート。同施設では安全のため、しっかりとルールとマナーを守ることが大前提となっています。「自分の身の安全は、自分で確保する」というわけですね。ハーネスの扱い方やルールを教えてもらい、練習コースで講習を行います。講習に合格したら、いざ本コースへ。もとからある樹木・自然をできるだけ守りながら作られたコースには、さまざまなアクティビティ(仕掛け)が備わっています。樹から樹へ、約90mの大滑空が迫力満点の「ジップスライド」や、高さ約10mから空中にジャンプする「ターザンスウィング」など、勇気が試される難関も用意されていて、思わず大人でも「ゴクリ…」とつばを飲み込むようなスリルが味わえますよ!

親子揃って体を動かすことができて、なおかつ楽しんだ後には、一回り成長したお子さんの姿が見られるかもしれませんね。

◇ 樹の上の冒険王国。 ターザニア
http://www.tarzania.jp/


また、ロープや安全帯などを利用して木に登る「ツリークライミング」というレクリエーションも、にわかに注目を集めています。もともとは、アメリカで樹木の管理・研究を担うアーボリスト(樹芸家)たちが開発した技術を、レクリエーションとして楽しんでもらうために始まったのだとか。日本でも「ツリークライミング(R)ジャパン」の資格取得者が全国各地で体験会を催しています。木登りのワクワク体験を、いま一度味わってみませんか?

◇ ツリークライミング(R)ジャパン
http://www.treeclimbingjapan.org/



かつて秋葉原は“健康の聖地”だった!?


現在の秋葉原といえば、アニメやゲーム関連のショップが立ち並ぶ街として世界でも知られていますが、かつてはご存じのとおり“家電の街”でした。さらにもっと遡ると、意外な街の一面がみえてきます。それは“ラジオ体操発祥の地”という肩書き。総武線のガード沿いにある佐久間公園に、「ラジオ体操会発祥の地」記念碑が建てられています。

ラジオ体操が日本に登場したのは昭和3年のこと。「国民保健体操」という名で放送されました。アメリカの生命保険会社が、イメージ向上と加入者の健康維持を目的として世界初のラジオ体操をニューヨークで実施してから3年後のことです。

今では自宅、職場、屋外を問わず、ラジオさえあればどこでもできる体操ですが、当時のラジオはまだまだ高嶺の花。一家に一台というわけにはいきません。そこで一念発起したのが、神田万世橋署に在籍する一人の巡査でした。昭和5年7月、町内会の人びとと協力してラジオを確保し、「子ども早起き大会」と銘打ったラジオ体操の会を秋葉原の佐久間公園で実施。これが日本初の“皆で集まって行うラジオ体操”だったそうです。その後、放送局がラジオ普及のために“ラジオ塔”を各地の公園などに建てたのに伴って、ラジオ体操も全国に普及していきました。

ちなみに、台東区の松葉公園には「ラジオ体操中継放送再開の地」の碑が建っています。戦時中から戦後にかけて中断していたラジオ体操の放送が昭和26年に再開され、松葉公園から中継されたのだとか。また、東京都足立区千住にある氷川神社の境内にも「ラジオ体操発祥之地」の碑が建っていますが、こちらの碑には「足立区 年中無休」の文字が刻まれています。季節限定ではなく、1年を通して行う地として日本初、といった意味合いのようです。現在もなお、松葉公園と氷川神社では毎朝ラジオ体操の集まりが続いています。



びっくり! 黒いお湯が湧いてくる銭湯


江戸時代の庶民にとって健康スポットのひとつであり、大切な社交場として機能していた銭湯。当時の庶民が住んでいた家屋は一様に狭く、浴槽を置く場所もない上に、水や薪も貴重品。さらに気候はジメジメとしていて、道には土埃も立ち放題…そんな中、蒸し風呂や湯浴みができる銭湯は、瞬く間にブームとなりました。

その後、全国各地に普及した銭湯ですが、ご存じのとおり、風呂つきの住居が一般的となった昭和40年代を境に、その数は減少の一途を辿っています。東京都の例ですと、昭和40年に2,641軒あった銭湯が、平成22年には801軒にまで減少しました。

その一方で、今もなお盛況…といえば少し大げさですが、古き良き姿を守り続けている銭湯も少なくありません。その一例が、東京・大田区界隈の銭湯です。都内で最多の52店が営業中で、そのうちの多くには、自宅にお風呂がある人でもときおり足を運ぶ魅力が備わっています。その魅力とは、温泉が湧いていること。銭湯料金で天然温泉に入ることができて、しかも全国的にも珍しい“黒湯”が主流。「第二日の出湯(西蒲田6丁目)」「改正湯(西蒲田5丁目)」などは、まるでブラックコーヒーやお醤油に浸っている気分になるくらい真っ黒!初めて黒湯体験をする方は、きっと驚かれることでしょう。

なぜ黒い湯が湧くのか?それは、大田区や品川の湾岸エリアが昔は海だったことに起因します。海藻や流木などの植物が海底深く沈み、そこに火山灰などが堆積し、長い年月をかけて“植物の化石”となります。その化石に含まれる成分(フミン酸)が地下水に混ざり、黒い温泉となって湧き出るというわけです。太古の海の恵みが、今もなお大田区の銭湯を活気づかせていると思うと、なんとも感慨深いですね。