HOME > 研究員のウンチク > 【2008年6月号】禁断の酒「アブサン」とニガヨモギ


禁断の酒「アブサン」とニガヨモギ



芸術家を魅了したお酒


アブサンは薄く緑色を帯びた薬草系リキュールです。アルコール度数は70%程度と高いものが多く、低くても40%です。かつてフランスでゴッホ、ゴーギャン、モネ、ロートレック、ピカソなどの芸術家を魅了し、彼らの感性を引き出したとされ、人によっては破滅に導いていったお酒でもあります。その主原料がニガヨモギです。


ニガヨモギ(左)とヨモギ(右)
ニガヨモギ(左)とヨモギ(右)

ニガヨモギはヨーロッパでは道端などに野生している植物で、普通のヨモギと比較すると写真(上)のように違いがわかります。ニガヨモギを指で揉むとヨモギとはまた違った独特な香りが発せられます。また味は名前のとおり強い苦味を持っています。この苦味は切れ味が良く爽やかな苦味と評価されています。


11世紀のアラビアの医学者・哲学者のアウィケンナはこれに食欲増進作用があるといい、また14世紀イタリアのサレルノの医学校では、船酔いに効果があると教えていました。その後リウマチ、ペスト、コレラ、扁桃腺炎、中耳炎、虫歯などに効果があるとされ、また駆虫薬として用いられたり、衣類の防虫薬としても用いられてきました。その効果の真偽はともかくとして、各時代を通じてさまざまな病気に用いられてきました。


18世紀になってフランスのある医師がニガヨモギを原料とし、蒸留を応用したアブサンの処方を考案しました。当時フランス軍はこれを解熱薬として採用していましたが、連用すると幻覚・錯乱が生じるとされ、その後製造・販売が禁止になりました。当時の芸術家はこのアブサンを愛用し、ゴッホはカフェで出されたアブサンを美しい色彩で描いています。またフランスの画家アルベール・メニャンは『緑色のミューズ』でアブサンの魔力に侵されているイメージを絵にあらわしています。


ゴッホ『アブサン』
アルベール・メニャン『緑色のミューズ』
ゴッホ『アブサン』 (absinthe, 1888)
アルベール・メニャン『緑色のミューズ』
(Albert MAIGNAN, La muse verte)

アブサンのこのような中枢神経に及ぼす作用はツヨン(Thujone)という成分といわれ、強い神経毒性、麻痺性、昏睡、痙攣等の作用を発現することがわかっています。WHOはツヨンの残存量を0.5μg/gであれば承認するとしたことから、一度禁止されていたアブサンの製造も復活しました。


ガラス器具は測定用に用意したもの
ガラス器具は測定用に用意したもの

日本でも様々なメーカー品のアブサンが輸入され販売されています。写真(下)のような専用のアブサン・スプーン付きのものも販売されています。このスプーンを使った飲み方は、これに角砂糖を乗せ、それにアブサンを垂らして火をつけます。すると写真のような青白い炎を出して燃え、同時に砂糖の一部がカラメル状になります。適当なところで水を垂らして火を消して、コップに入れてかき混ぜて飲みます。また別の飲み方としては、角砂糖に少しずつ水を垂らして角砂糖が崩れたところで、アブサンの入ったグラスに入れて軽く混ぜて飲むといった飲み方があります。滴った水がアブサンに混ざって白く濁り、その姿が神秘的に見えるようでフランスで流行した飲み方だそうです。


この青白い炎は明るい部屋では見えない
この青白い炎は明るい部屋では見えない

ドイツの学術雑誌に掲載された論文に、アブサンを古典的な処方箋で製造してみた場合のツヨンの量が記載されていました。それによるとツヨンの量は61〜101μg/gで、WHOによる許容量の100倍以上ありました。また過去に製造されたアブサンを調べてみると、高い物で3,842μg/gのものがあったと書かれたありました。禁止前のアブサンは無理としても、様々なメーカーのアブサンや、独特な香りを活かしたカクテルの味を見てみたい気がします。
なお、ニガヨモギは日本では野生しておらず、薬草を専門で扱っている植物園で見本として栽培されている程度です。



丸山 徹也(養命酒中央研究所・主任研究員)