HOME > 生薬ものしり事典 > 【2017年11月号】“生きた化石”と呼ばれる「イチョウ」
鎮咳やしもやけに用いられた生薬
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日本の秋を彩る樹木として代表的なのが、紅葉の美しいモミジとイチョウです。モミジ類は野生種が多く見られますが、イチョウは植えられたものがほとんどです。天に向かって伸びたイチョウの巨木から、美しい黄葉がひらひらと舞い落ち、地面を黄金のじゅうたんに変える光景は、秋の風物詩です。時折り、熟した果実がその中に混じって異臭を放つのもご愛敬かもしれません。
イチョウは中国原産の渡来植物です。『本草和名』(917年)や『和名抄』(932年)、『万葉集』(629~759年)、『源氏物語』(平安中期)にはイチョウの記載が見られないので、平安時代後半か室町時代に渡来したのではないかといわれています。諸説ありますが、最初にイチョウの記載が見られるのは『下学集』(1444年)という説が有力です。しかし、それでは承久元年(1219年)に鶴岡八幡宮の石段の大イチョウの下で、源実朝が殺されたという歴史の事実と合いません。この様子を伝えた『吾妻鏡』(1180~1267年)にもイチョウのことは書かれていないので、大イチョウの下で殺害されたというのは後世の創作物語なのかもしれません。
イチョウが詩歌に詠まれるようになったのは、江戸時代以降です。
金色の ちひさき鳥の かたちして 銀杏ちるなり 夕日の丘に 与謝野晶子
銀杏踏で しずかに児の 下山哉 松尾芭蕉
イチョウは一科一属一種の雌雄異株の落葉性大高木で、高さ30m、直径2mに成長します。イチョウの葉は長柄で扇形です。幼木では葉の中央の切れ込みが深く、成木では浅くなったり、なくなったりします。雄花は花柄の頂端に2つあり、盃上の心皮の上に裸の胚珠が1つつきます。花粉は春になると胚珠に入り、その中の花粉室で生育し、9月上旬に精子を出して受精します。種子は核果的で、熟すと外皮は黄色くなって異臭を放ちます。
ダーウィンは、イチョウを「生きた化石」と呼んでいました。地球上で植物が繁茂したのがジュラ紀(約1億5千万年前)で、そのころの植物でイチョウだけが現存し、ほかの植物はすべて化石となっているからです。
植物名の「公孫樹(イチョウ)」は、公(父)が撒いて、孫の代で実ができるという意味です。あるいは、葉を黄蝶に見立てて、「一蝶」であったのが、江戸時代の仮名表記で「イチテフ」となり、それがなまって「イテフ」になったとか、「一葉」がなまって「イテフ」になったなど、諸説あります。
中国には、「公孫樹」「銀杏」をはじめ、「鴨脚」「鴨脚子」「白果」など多くの名前が伝わっています。「鴨脚」「鴨脚子」は、葉の形が鴨の掌に似ていることに由来し、「銀杏」「白果」は、種子が白色で形が杏に似ていることに由来します。
イチョウの木は老木になると「公孫樹の乳房」と呼ばれるように、乳柱が垂れ下がる特徴があるため、母乳が出ない婦人の信仰の木とされることがあります。
学名はGinkgo bilobaで、属名はGinkyo またはGinkgoです。葉の縁の姿から、二浅裂を意味する種小名がついています。黄葉の縁がブロンドの少女のカールヘアに似ていることから、英名ではMaidenhair treeと名付けられています。
花言葉は、「鎮魂」「長寿」「しとやか」です。
薬用としては、種子の仁を生薬名「銀杏」と呼び、鎮咳に用いられたほか、葉をしもやけに利用されてきました。近年、この葉の成分が認知症に効果があるといわれています。
他にも銀杏の葉は、本の紙などを食べる紙魚(しみ)除けにもなります。
出典:牧幸男『植物楽趣』
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