HOME > 生薬百選 > 【2010年10月号】生薬百選 79 石膏(セッコウ)


生薬百選 79 石膏(セッコウ)


記録的な猛暑が続いた夏も終わり、いよいよ実りの秋がやって参りました。秋といえば「○○の秋」という言葉を思い浮かべられる方も多いかと思いますが、今回の生薬百選では芸術の秋にまつわる話から始めたいと思います。最初の写真は石膏デッサンで大顔面像の代表的なものとして知られているルキウス・ウエルス(ローマ皇帝)の像です。石膏は美術館などにある石膏像をはじめ、医療用に使われるギブス、黒板用チョーク、建築材など身近な鉱物として日常のあらゆる所で使われています。


石膏デッサンで用いられる大顔面像
石膏デッサンで用いられる大顔面像



また、意外と思われる方もおられるかもしれませんが、石膏は豆腐の凝固剤やビールの添加物など食品用途としても使われています。さらに、石膏は数少ない鉱物の生薬として使われています。
生薬石膏の主成分は含水硫酸カルシウムです。光沢のある白色の繊維状結晶塊で、砕くと針状もしくは繊維状の粉末となります。「寒(体を冷やす)」の性質があり、漢方処方として、解熱用では防風通聖散、止渇用では白虎加人参湯などが知られています。また、小青龍湯や葛根湯に対して効き方を変えることを期待して、煎じる際に石膏を加えるような用い方もされます。その際に石膏自身が湯液中に少し溶解することがわかっていますが、それだけでこの薬効の変化を説明することはできないとされています。また、その湯液の組成を調べると、組成に変化が見られていることから、石膏にはそれ自身の薬効の他に、他の生薬成分に影響を及ぼして湯液全体の薬効を変える働きもあると考えられています。



(左)生薬石膏(右)駒ケ根工場・健康の森記念館生薬展示ブース(写真中央部のものが石膏です)
(左)生薬石膏(右)駒ケ根工場・健康の森記念館生薬展示ブース(写真中央部のものが石膏です)



生薬で用いられる石膏は繊維石膏ですが、生薬以外に用いられる石膏として、無色透明の透明石膏(セレナイト)、細かい粒状の雪花石膏(アラバスタ)などがあります。また、砂漠のオアシスが干上がる時に水に溶けていた硫酸カルシウムが析出し、結晶が花弁のようになったものがあります。これは砂漠のバラ(デザートローズ)と呼ばれ、パワーストーンとして悪縁を絶つ力があると言われています。
砂漠のバラは大小様々なサイズがありますが、今回紹介したものは500円硬貨よりはるかに大きな標本です。色は白っぽい色から、写真のような赤褐色のものまであります。側面から観察すると、凹凸に富んだ形状をしているのがよくわかりますが、このような形状になる理由について、はっきりと解明されていない神秘的な鉱物です。



(左)砂漠のバラ,正面図(右)砂漠のバラ,側面図
(左)砂漠のバラ,正面図(右)砂漠のバラ,側面図



石膏と一言で言っても形状はバリエーションに富んでおり、色は白色だけに限りません。冒頭では大「顔」面の像をご紹介しましたが、このようにして見ていくと、鉱物そのものがいろいろな「顔」を持ち、生薬から建築材に至るまで生活のあらゆるシーンに「顔」を出す非常にユニークな鉱物だというのがわかります。


■筒井 康貴 (養命酒中央研究所・商品開発グループ)