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生薬ものしり事典

生薬ものしり辞典 85
秋に桜のような花が咲く「コスモス」

倒れても根を張り咲き乱れる強さ

秋に対する日本人の思いは、時代と共に変わってきています。収穫と結びついた奈良時代には、秋は明るく華麗に詠(うた)われました。平安時代になると、秋空の変わりやすさや雨を憂い、滅びに向かう季節の哀愁や寂しさが詠われるようになりました。秋晴れの澄み切った爽やかさに関心が寄せられるようになったのは、近世の俳諧や近代詩にとり上げられるようになった頃といわれています。

秋を代表するコスモスは渡来植物ですが、今ではすっかり日本の花となっています。繊細な茎と葉の感触は、花がなくとも印象的で、枝の先端に咲く端正な花が秋風に揺れる風情は、日本人の心に共感を呼んだのかもしれません。一見弱々しく見えますが、強風で茎が倒れても、そこから根を伸ばし、さらに成長して咲き乱れる強さも秘めています。

コスモス

コスモスの原産はメキシコが中心で、その野生の仲間は北米アリゾナから南米ボリビアにかけて30種近く生育しています。日本では花壇などに植えられる観賞花です。キク科の一年草で、茎はまばらに直立し、高さ1~2mになります。葉は対生し、秋に茎上部に直径6㎝程度の白色または淡紅色、時に深紅色の美しい花が次々に開きます。短日植物の代表で、日が短くなる秋に開花するのが特徴です。
しかし、最近はコスモスの品種改良が進み、日の長さに関係なく、一年中咲く種類が普及しています。季節感が薄れてきたとはいえ、やはりコスモスは秋がふさわしいといえます。

コスモスを世界に広めたのは、1789年にスペインから派遣された植物調査隊のセルバンテスです。彼はマドリードの植物園長ガバニレス神父にダリアとコスモスの種子を送りました。「コスモス」と命名したのは、このガバニレス神父です。その後、ヨーロッパではダリアが広く栽培されるようになりましたが、コスモスは普及しませんでした。そのため、ダリアの品種改良は進みましたが、コスモスが顧みられることはあまりありませんでした。

日本へのコスモスの渡来には2説あります。1つは東京美術学校講師ラグーザが明治12年頃に故国イタリアから持参したという説。もう1つは明治29年頃に渡来したという説です。いずれにしても、明治中頃に渡来したことは間違いありません。
明治42年に文部省(今の文部科学省)が栽培法と一緒に全国の小学校に種子を配布したのが、日本にコスモスが急速に普及した原因といわれています。以来、日本の在来種の花より華やかさが感じられる姿から、コスモスが小説や詩歌に詠まれることが多くなりました。

コスモスは 倒れたままに 咲き満ちてり とんぼうあまた とまるしづかさ

土田 耕平

コスモスの よく動きゐる 花の数

高浜 虚子

青空へ 手あげてきるや 秋桜

五十嵐 古郷

一般的にはコスモスといえば種としての「大波斯菊(オオハルシャギク)」を指すことが多く、学名はCosmos bipinnatus。属名はギリシア語の「美しい」に由来し、種小名は葉の形態から名づけられました。

コスモスの別名は少なく、「秋桜」などがあります。読んで字のごとく、秋に桜のような花が咲くことに由来しています。

花言葉は、コスモス全般は「乙女の真情」、白花は「優美」、赤花は「愛情」です。

出典:牧幸男「植物楽趣」