生薬ものしり事典
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- 【2018年9月号】1年に1週間だけ咲く「モクセイ」
生薬ものしり辞典 72
1年に1週間だけ咲く「モクセイ」
薬用に役立つ花の強い香り
キンモクセイは冬でも葉を落とさないので、四季を通して緑が楽しめますが、普段はあまり気に留めることのない木です。しかし、秋分のころになると、ある日突然、たくさんの橙色の花を一斉に咲かせ、強い香りを放ちます。華やかな香りは1週間ほど続きますが、その後は再びもとの木に戻ってしまいます。1年で約1週間だけ、自分の存在をアピールする木なのです。キンモクセイの甘い香りが消え去ると、間もなく晩秋が訪れます。
キンモクセイは、モクセイ科の常緑小高木で、中国原産です。高さ4mに達し、幹は太く分枝し、葉を密につけるため、庭木として植えられたりします。葉質は皮質で、表面は緑色、裏面は黄色味を幾分帯びています。秋になると葉腋に花柄のある多数の橙黄色の小花を束生し、強い香りを放つのが特徴です。
類似した植物には、白い花を咲かせ、香りが少ない「銀モクセイ」や、春と秋に黄白色の花をつけ、ほとんど香りがない「薄黄モクセイ」、そのほか「柊モクセイ」があり、キンモクセイと合わせて4種ありますが、一般に「モクセイ」といえば、キンモクセイを指します。この中で花後に結実するのは薄黄モクセイだけです。一説では、キンモクセイは薄黄モクセイの枝変ともいわれています。
日本にキンモクセイが渡来したのは、江戸時代とされていますが、正確な年代は不明です。その理由は、『万葉集』(7~8世紀)や『下学集』(15世紀)など、江戸時代より古い時代にも関連していると思われる記載があるからです。江戸時代に書かれた植物関係の書物『広益地錦抄』(18世紀)にキンモクセイの名が初めて明確に登場していることなどから、江戸時代渡来説もあります。ただ、牧野富太郎博士の記録では、明治35年にキンモクセイが輸入されたとあります。どの説が正しいかは定かではありませんが、日本では比較的新しい植物と考えてよいと思われます。そのため、詩歌に詠まれるのは明治以降です。
しろたえの 衣手さむき 秋さめに 庭の木犀 香にきこえ来も
木犀の 昼は醒めたる 香炉かな
木犀の 落花鋸屑 紛らわし
モクセイの漢名は「木犀」です。木の肌が淡灰褐色で、紋理が動物の犀(さい)の皮に似ていることに由来します。
別名には「木犀花」「銀桂」「丹桂」「金桂」などがあります。ほかにも、中国で巌嶺に叢生することが多いことから「巌桂」、花の香りが遠くまで及ぶことを詠んだ中国の詩人の言葉から「七里香」「九里香」「十里香」などの別名があります。学名はOsmanthus fragransで、属名はosum(香、匂)とanthos(花)の合成語、種小名は香りがあるという意味です。花言葉は、「気品高潔」です。
薬用には花の香りを利用することが多いようです。中国では、「桂花を茶に点ずれば、その香一室に生ず」として、この花の入った「桂花茶」が有名です。お酒にモクセイを入れた「桂花酒」もあり、モクセイの香りを広く生活に取り入れています。
キンモクセイは汚染した大気中では花を着けない敏感な木といわれています。いつまでも清らかな大気が保たれることを望みたいものです。
出典:牧幸男『植物楽趣』