猛暑が去って、初秋へと向かう季節の変わり目は、疲れがどっと出やすいとき。
東洋医学では、同じ疲れでも体質や症状によってその原因や対処が異なると考えます。
漢方の考え方を用いて明らかにした病気の姿を“証”といい、病態の基本的なものを表すのが虚(きょ)、実(じつ)です。
そこで今月は、東洋医学の人気ドクター三浦於菟先生が、「虚証」「実証」という観点からあなたのお疲れの原因をチェック! 自分の弱点を知って、疲れを賢くリセットしましょう!
「もともと体力がないうえ、夏の終わりは特にゲッソリ…」「元気が取り柄なのに、夏休みが終わったとたんにグッタリ…」——同じ疲れでも、その人の体質や症状によって原因もケア方法も違います。東洋医学の専門医・三浦於菟博士に、「虚証」「実証」という観点から、疲れの原因について伺いました。
1947年山梨県生まれ。東邦大学医学部卒業後、国立東静病院内科勤務を経て1984年より南京中医学院、中華民国中国医薬学院に留学。帰国後、東邦大学医療センター大森病院東洋医学科教授を経て、現在吉祥寺東方医院院長、東邦大学医学部客員教授。『東洋医学を知っていますか』『こころと体に効く漢方学』(共に新潮選書)など著書多数。 ◆虚証と実証っていったい何?
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下表の当てはまる項目をチェックして、虚証と実証それぞれの合計数を出してください。
その合計数によって、あなたが「虚証」「実証」あるいは「虚実混合証」かがわかります。
●虚証は疲れが出やすい傾向
虚証は一般に疲れやすく、胃腸が弱いなど虚弱な人が多い傾向があります。しかし、必ずしも寿命が短いわけではないし、色白でひょろっとか弱そうに見える人がみんな虚証というわけではありません。虚証は慢性的な症状を訴えることが多く、病気になっても症状の出方は比較的穏やかです。
●低下した生命力(気)を高める
虚証とは本来の生命力が弱まって体の機能が低下した状態なので、治療としては生命力を補う必要があります。養生の原則は、低下した生命力を高めることです。生命力(気)には、肺(空気)と胃腸(飲食物)で造られる「後天の気」、生まれながらの「先天の気(元気)」があります。虚証は、生命力を普段から丈夫にしていく必要があります。
●弱っている機能をまず休める
例えば胃腸機能の弱い人は、胃腸に負担をかけない食事を心がけることが大切です。夏に冷たいものを食べすぎて胃腸が疲れていると感じたら、まずは胃腸を休めることが先決です。「温かいものを少量、和食粗食で腹八分目」が基本です。「精をつけなきゃ」と無理にたくさん食べたり、脂っこいものや刺激物などを摂ったりすると、かえって胃腸の機能を低下させてしまうのでご注意を。
また、虚証は冷えに弱いことが多く、クーラー病になったり、秋口の涼しさにうっかり窓を開けて眠って冷えたり、夏に避暑地に行って冷えて体調を崩す人が増えるので、気をつけましょう。
●実証は疲れが潜みやすい傾向
実証は比較的丈夫で、実際は疲れていても疲れを感じにくい傾向があります。しかし、壮健だからといって必ずしも虚証より寿命が長いとは限らないし、一見がっしり丈夫そうな体格でも、実は体力のない人もいるので、見かけだけで判断はできません。実証は普段は元気ですが、ひとたび風邪をひいたりすると急激な症状があらわれる傾向があります。
●自分にとって有害なものを避ける
実証は、有害物によって体の機能が阻害された状態なので、治療としては有害物(邪)を除去する必要があります。養生の原則は、有害物質を避けることです。といっても、人によって何が有害かは千差万別です。
例えば「お酒を飲むと下痢をしやすい」という自覚があるならお酒を控える、あるいは「空気が乾燥すると風邪をひきやすい」という自覚があるならマスクや加湿器を使うといった対策をとることが大切です。普段から「自分には何が有害か」ということをかえりみて、それをできるだけ避けるのが得策です。
●疲れは体が発する「休め」の警告!
実証は疲れをあまり感じない分、つい無理をして体に負担をかけてしまうことが多い傾向があります。少しでも「いつもと違って調子が悪いな」と思ったら、早めに休むのが鉄則です。「仕事でどうしても休むわけにはいかない」と無理し続けていると、突然高熱が出るなど急激な症状に陥りやすいので気をつけましょう。特に男性は「このぐらいの疲れなんて」と我慢しがちなので、普段から自分の体の声によく耳を傾けることが大切です。
また、引っ越しや転職などで環境が変わったときや、大きな仕事の節目、あるいは季節の変り目などの「境目」にガクンと疲れが出て体調を崩してしまうケースが多いので、そうしたときはできるだけ休息をとるように心がけましょう。
虚証と実証の特徴が同等にある人は、「虚証+実証」の状態といえます。例えば抵抗力の落ちている人が、ウィルス感染して風邪をひいたとします。これは虚証の人が、「外からの有害物(この場合はウィルス)によって病になった状態」=実証なので、虚証と実証がともにある状態です。実際の病気は、こうした「虚証+実証」という症状が最も多いといえ、これを「虚実錯雑証」あるいは「虚実混合証」と呼んでいます。
(*現代日本の東洋医学では、これを中間証とする場合があります)
●気持ちのいいことは、体にいいこと?
虚証にも実証にもいえることですが、基本的に自分が「気持ちがいい」と感じることは体にもいいことです。「これは効いたよ」と他人に勧められたり、流行の健康法があっても、その方法が自分には苦痛であれば、それは自分の体には適切な養生ではないといえるでしょう。
「何が自分には不足しているのか」「何が自分には有害なのか」「何が自分には心地よいのか」といったことを、自分の経験則や微妙な体の変化から常に察知することで、病を未然に防ぐことができます。
例えば、女性は出産を機に、実証から虚証に変わった、あるいは虚証から実証に変わるという場合があります。また、いつも元気な実証だった男性が、仕事や環境の急激な変化が引き金となって抵抗力が落ちて虚証に転じるケースもあります。一般的には、年齢とともに生命力や抵抗力が低下し、虚証になる人が多いといえます。今の自分の状態を見極め、適切な養生を心がけましょう。
東洋医学では、病を防いで健康を保つ生命力や抵抗力を「正気」と呼び、病を引き起こす有害な存在を「邪」と呼んでいます。同じ疲れでも、正気の低下した疲れと、邪による疲れがあるということです。
◆正気と邪の基準は十人十色 例えば、暑がりのAさんには快適に感じる冷房でも、寒がりのBさんは体が冷えて体調を崩してしまうようなら、Bさんにとって冷房は邪といえます。逆に、Bさんは猛暑をしのげても、Aさんは熱中症になってしまうなら、Aさんにとって猛暑は邪といえます。 お正月に飲む縁起物の薬用酒「屠蘇」は、1年の健康長寿を願うという意味で中国の唐の時代に始まり、日本には平安時代に伝わってきました。ちょっと不思議なネーミングですが、実は屠蘇の「屠」には邪(有害物)を葬るという意味があり、「蘇」には正気(生命力)を蘇らせるという意味があります。つまり、屠蘇という名には、まさに虚証と実証の治療と養生の原則が示されているのです。 |