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生薬ものしり事典

生薬ものしり辞典 60
“人間は考える葦である”で有名な「アシ」

「蘆根(ロコン)」の名で知られる生薬

至るところに見られるアシは、休耕田にすぐ繁殖するため、厄介者の印象が強い植物です。

その一方、かつて農家では、農閑期にアシを刈り取り、すだれ用に出荷したり、屋根材や壁材、燃料、肥料などに幅広く利用しており、生活になくてはならない植物でもありました。

『古事記』(712年)に、「この豊葦原の千秋の長五百秋の瑞穂の国」という記載があるように、古くから日本人とアシには深い結びつきがありました。

アシ

アシは北半球の気候温暖な地方の湿地や川辺、湖沼の岸などに野生するイネ科の大型多年草です。高さ2~3mに成長し、大群落をつくります。黄白色の根茎は扁平で、泥の中に横たわっています。茎は堅く中空(中が空洞)です。若葉のころは一斉に生育する新緑の美しいアシ、夏には黒ずんだ濃い緑の青アシ、秋には茎の先に大型の円錐花序を出し、雄大な淡紫色に輝くアシの穂の変化を楽しむことができます。

アシは昔から多くの詩歌にも詠まれてきました。

和歌の浦に 潮満ち来れば 潟を無み 葦辺をさして 鶴鳴き渡る  山部赤人

葦刈の 早これまでと 夕暮れぬ  草野駝王

アシの植物名について、牧野富太郎博士は「日本名のアシは捍(ヨシ)の変化したものだろう。これをヨシというのは、アシが「悪し」に通ずるのを嫌ったからである」と述べています。

漢名は「蘆」が正式で、別名に「葦」「芦」「浪速草」などがあります。万葉時代(645~733年)には、もっぱら「アシ」と呼ばれ、文字には「葦」「蘆」「葭」「安之」が用いられていました。「浪速草」は、水の都と呼ばれる大阪に多く生育していたことから、大阪府の郷土の花にもなっています。学名は「Phragmites australis」で、垣根状に生える姿から、属名は垣根を意味するギリシア語の「Phragma」です。

17世紀のフランスの哲学者パスカルは、「宇宙の無限と永遠に対し、自己の弱小と絶対の孤独に驚き、大自然に比べると人間は一茎の葦のようなもので、最も弱い存在である。しかし、人間は単なる葦でなく『考える葦である』」という名言を残しています。それにちなんで、「考える」「哀愁」「音楽」がアシの花言葉になっています。

アシは薬用にも使われており、根茎は「蘆根(ロコン)」という名の生薬として、利尿、消炎、止瀉などに煎じて用いられてきました。また、春先のアシの新芽は、食用にも使われていました。

出典:牧幸男『植物楽趣』