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生薬ものしり事典

生薬ものしり辞典 16
毛細血管を強化?! 大晦日の風物詩「そば」

大晦日といえば、年越しそばですね。歳末にそばを食べる習慣が根付いたのは江戸時代後期でした。商家には月末にそばを食す「三十日(みそか)そば」という習慣があり、これが年越しそばに転じたともいわれています。地方によって違いがあり、例えば福島県・会津地方や新潟県などでは元旦に年越しそばを食べる風習があるそう。また、福井県では大根おろし入りのだし汁につけて食べる「越前おろしそば」、沖縄県では「うちなーすば」と呼ばれる「沖縄そば」、“うどん県”の異名を持つ香川県では2割以上の人がそばならぬ「年越しうどん」を年越しそばとして食べているようです。このように多様なそばですが、今回はいわゆるソバ(タデ科ソバ属の植物)の起源や薬効について、養命酒中央研究所の芦部研究員が解説いたします。

ハレの日の縁起の良い食べ物

養命酒中央研究所
芦部文一朗研究員

ソバの原産地は、東アジアやバイカル湖付近から中国東北地方までの涼しい地域であるといわれています。長野県の野尻湖から花粉が採集されており、5世紀半ばの古墳時代にはソバが日本に存在していたと推測されています。

寒さに強く、少ない肥料でも元気に育ち、生育期間が2から3カ月と短いため、昔は水不足や冷害などで主食となる作物が育たなかったときに、応急的に育ててピンチを切り抜けるために利用されました。初霜の日から逆算して90日前頃までに秋ソバの種をまくことで、その年の内に収穫することができます。
このようなことと関係するのか、厄災や穢れを払うおまじないにソバの実が用いられたことがありました。もっとも、気候や土壌が、一般的な作物を育てるのにあまり向いていなかった地域、例えば東北地方の一部や長野の木曽周辺などでは昔、そばを常食としていたところもありました。

ソバの実は三角に尖がっていますが、この形からソバムギと呼ばれるようになりました。“そば”というのは尖っていることを表現する古い言葉で、今でも、例えば「耳をそば立てる」などという使い方などがあります。
細長く線状に切って、ゆでて食べる食べ方は、江戸時代の初めころに発明されて普及したようで、長野県の塩尻が発祥地だとする史料がありますが、はっきりとしたことは分かりません。
やがて、細長いおそばはハレの日(お祝いの日)のための縁起の良い食べ物として扱われるようになりました。年越しそばはその代表です。一説には、昔の金箔職人たちが散った金粉を回収するのにそば粉を用いたことから、お金が集まるとして縁起物となったとも。おそば屋さんの店先に狸の置物があるのも、金箔職人たちが金箔を延ばすのに狸の皮を用いたことに由来しているという話もあります。


花を咲かせるソバ


収穫を待つソバの実

ソバの種子は小麦と比較してタンパク質がやや多く、アミノ酸のバランスも良好です。
また、ビタミンB類も豊富に含まれています。さらに、ポリフェノールの一種、ルチンが多く含まれています。ルチンには抗酸化作用だけではなく、毛細血管を強化する働きがあることが確認されています。現在では、そばは健康に良い食品として注目されるようになりました。ただし、人によっては強いアレルギー症状の原因となることがありますので注意が必要です。

さまざまな栄養効果が認められるそばですが、江戸初期にはお菓子屋さんで販売されていたようです。当時の江戸には上方出身者が多く、主にうどんが愛好されていましたが、次第に東方出身者が増えてそばが好まれるようになりました。幕末の江戸町奉行所の調査によると、江戸界隈に屋台を除いても約4,000軒近いそば屋がひしめいており、天ぷらそばや鴨南蛮など、現代のそば屋と同じバラエティに富んだメニューが存在した様子。年越しそばを食べながら、そばの歴史に思いを馳せてみるのも一興ですね。