養命酒ライフスタイルマガジン

生薬ものしり事典

生薬ものしり辞典 19
釈迦の生誕を祝う花祭りでもおなじみの「アマチャ」

独特の甘味がある「甘茶」として古来より愛されてきた「アマチャ」。
アマチャの木は寺院の庭先などでよく見かけますが、これは毎年4月8日に行われる釈迦の生誕を祝う仏教行事「灌仏会(かんぶつえ)」と関係があります。この行事は「花祭り」の名でも親しまれており、祭りの当日は春の花々で飾られた小さなお堂に、アマチャを煎じた「甘茶」を湛えた水盤がしつらえられ、その中に置かれた仏像に甘茶を注いで参拝するのが慣わしです。
これは、釈迦が生まれたとき、九頭の竜が天から芳しい甘露を吐いて産湯を満たしたという伝承がもとになっています。江戸時代までは、甘茶ではなく五色水と呼ばれる香水が使われていたようですが、しだいに甘茶を甘露に見立てて用いるようになったといわれています。
今回は、アマチャのさまざまな薬効について、養命酒中央研究所の矢彦沢公利研究員が解説いたします。

アマチャヅルとは別物!
日本特有の生薬

養命酒中央研究所
矢彦沢公利研究員

アマチャは、日本の中部山地にまれに自生するユキノシタ科の落葉性の低木で、葉を生薬として用います。現在、市場品は栽培品のみで、主に長野県で栽培されています。
ちなみに、名前の似ている「アマチャヅル」はウリ科の植物で、アマチャとは全く異なる植物です。

アマチャは、ヤマアジサイの甘味変種で、ヤマアジサイの甘味のある成分変異株が民間で発見されたものとされています。歴史はまだ新しく、江戸時代あたりから民間薬として利用され始めました。
アマチャは日本特有の薬であるため、中国の生薬名はありません。
生薬としては、丸剤などの矯味(甘味)薬、口腔清涼剤の製造原料として、粉末又はエキス末として用いられます。薬理作用としては、エキスで、抗腫瘍作用、抗アレルギー作用、抗菌作用、利胆作用が報告されています。民間療法では、糖尿病患者の甘味代用や、胃弱・食欲不振・利尿・口臭除去に茶剤として利用されています。

アマチャは、加工調製で発酵させることで甘くなります。夏に葉を採取し、水洗いした後、約2日間日干しにします。これに水を噴霧し、むしろをかぶせて1日発酵させた後、手で葉をよく揉んで、さらに乾燥させて仕上げます。このようにして調製すると、葉は甘味を生じ、縮んでしわが多数あるアマチャができます。
アマチャは「甘茶」の名の通り、特異な甘みがありますが、生の葉は苦くて甘みがありません。この苦味は、グルコフィロウルシンが含まれているためですが、このグルコフィロウルシンが酵素の作用で(加水)分解されると甘みの強いフィロズルチンに変化します。
フィロズルチンは、砂糖の約1,000倍の甘さがあり、かつて砂糖が普及するまでは甘味料として利用されていました。
甘いお茶といえば、中国原産の「甜茶」がありますが、甜茶は数種の異なる植物を基原とする甘いお茶の総称で、バラ科の植物、「甜葉懸鈎子(テンヨウケンコウシ)」からつくられたものが最もよく知られています。日本と中国の甘いお茶、飲み比べてみても面白いかもしれません。

生薬やお茶に使われるのはアマチャの若葉ですが、5~6月に咲くアマチャの花(実際はガクの一部)は、「ガクアジサイ」によく似たとても上品な佇まいです。
アマチャの産地である長野県の佐久では、お祭りの際に人々に甘茶が舞われる風習や、お神酒として甘茶を使う風習が見受けられます。アマチャには防虫効果もあると信じられており、墨にアマチャを混ぜてすり、白い紙に虫よけのおまじないを書いて戸口に貼ったり、室内の柱に逆さに貼るといったユニークな虫よけの風習が近年まで全国各地に残っていました。