プロジェクト開始の裏に—

 AI養命酒の開発—。きっかけは3年半前にさかのぼる。当時より弊社のマーケティングを担当していたビンくんは、日々の日課である【お客様からのお手紙】を読み進めていた。

 その時、ふと一通の手紙に記された言葉が目に留まった。「最近、胃腸の調子はいいけど、なんだか元気が出なくって。」ふたりの息子たちを立派に育て上げ、ついにこの春、末子が社会へと巣立っていたばかりの貴婦人からの手紙だった。

 そしてビンくんは考えた。養命酒を通して胃腸を、人を健康にすることはできる。しかしそれ以上に、お客様の日々の営みを健やかにすることはできないのか?それができなくて、自信をもって商品名が言えるのか?いや言えない。この一通のお手紙を機に、ビンくんの無謀とも言える挑戦が始まった。アイデアを出しては試作を重ね、寝る間を惜しんで(その代わり養命酒を飲んで)実験を繰り返した。

 ビンくんは言った。「いずれ健康だけでなく人々の健やかな生活までも養命酒がサポートする時代がやってくる」と。それを聞いた人々は、彼の描く未来をあざ笑った。「医薬品は医薬品らしくしておけばいい」「ビンのくせに生意気だ!」当時はまだAIなど映画やアニメの世界の夢物語であり、それが現実になるなど誰も想像しえなかったのだ。

ビンくん苦悩の日々

研究を始めて半年が経った。あれだけ前向きだったビンくんの開発は停滞期を迎えていた。それは圧倒的な技術者不足。それもそうだ。開発チームには技術者などいない。いるのはビンだけだ。AIスピーカーをつくるには恐らくプログラムの知識はもちろん緻密なスピーカー配線精度なども関わってくるに違いない。今更気づいたのだ。このままでは、命(ビン)がいくつあっても足りない。 相談する相手はだれだろう。スマートスピーカーと言えばやはりシリコンバレーのベンチャーか。いやしかし、ビンがアメリカへ入国するわけだから関税はかかるのか…?リッター制限は…?

ビンである故の苦悩。不穏なノイズがビンくんの脳内で思考を妨げる。歴史を彩ってきたイノベーターはきっとこう言うだろう。「答えはいつもあなたのすぐそばにある」と。

AI養命酒完成

とある日の午後、社内で流れている噂を聞きつける。 「箱さん、頭いいらしいよ」 …ビンくんはそれを聞いて衝撃を受けた。まさか自分の一番近い箱さんの頭がいいとは。これまで二人三脚でいろんなことを乗り越えてきたじゃないか。なぜ気づかなかったんだ。“箱さんとならきっと強力な協力作用が生まれるはずだ“ぶふっ!笑 ちょっとオヤジギャグになってしまったことの心の動揺を抑えつつ、箱さんへ相談した。

「あーはいはい。アプリの作り方はわかりますよ。さっそくシナリオつくりますね。スピーカーは電機メーカー様にご相談してみましょう。」
3年半の苦悩が馬鹿らしくなるほどスムーズなAIの開発が本格的に始動した。

それから数日—

箱さんから報告があり、8月上旬くらいにアプリのリリースが出来そうだとのこと。
いつも箱さんには守られてばっかりだ。…ビンだけにね。“健康のサポートは薬用養命酒、生活のサポートはAI養命酒”

番外編:初号機にかけた想い

研究を進めていく途中、とても興味深い試作品ができた。それは一つだけの機能をもった単細胞ロボ。まさに“オウム返しロボ” 対象者が話しかけた言葉を完全に記憶し、フェアリーボイスで繰り返す、というものだ。これは養命酒の味わいと同様、一度ハマるとやめられない中毒性を兼ね備えている。

完全なものより不完全なものほど美しいとよく耳にするが、このなんとも言えない愛くるしさは人を笑顔にするテクノロジーなのかもしれない。 ビンくんはこの試作品をグレードアップさせず、そっとその時が来るまで倉庫に保管した。 後に「AI養命酒 初号機」と呼ばれることとなる。