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  • 【2005年3月号】諸君が困難に遭い、どうしてよいかまったくわからないときは、いつでも机にむかってなにか書きつけるがよい

諸君が困難に遭い、どうしてよいかまったくわからないときは、
いつでも机にむかってなにか書きつけるがよい

小泉 八雲 1850年~1904年

日本人よりも日本を愛した異人、ハーン先生

「耳なし芳一」「ろくろ首」「雪女」を収めた『怪談』の著者、ラフカディオ・ハーン。その帰化名が"小泉八雲"です。ギリシア生まれのイギリス人、ハーンは、19歳で渡米して記者生活を送っていました。来日は、明治23年。きっかけは、ルポライターの仕事として日本紀行記を書くためです。一時期滞在する予定も、日本文化に魅せられたハーンはルポの仕事も断り、そののち日本人の妻、小泉節子と結婚して永住します。島根県松江中学の英語教師、英字新聞のジャ−ナリスト、東京帝国大学や早稲田大学での英文学教授などの職に就くかたわら文筆活動に励み、日本についてのルポルタージュや幻想的な文学作品など、数多く遺しています。

書く行為は、「素直に吐き出す」行為

テレビタレントをはじめ、「日本人よりも日本人臭い」外国人っていますよね。おそらくその"はしり"が、ハーンだったような気がします。下駄の音、金魚売りの声、田舎のわびしい寺・・・古き良き日本文化をこよなく愛したハーンですが、来日した当初は不安な生活を余儀なくされます。皆目わからない日本語。その際、彼を支えたのが「書く」ということでした。その後の生活の中でも、失望にかられることもあったようです。当時は西洋に追いつけ、追い越せで、ハーンの愛する「日本」は、どんどん隅に追いやられていった世の中でした。その折にも、ハーンは書き続けます。「書く」という行為は「吐き出す」行為であり、すなわちそれは「元気」に繋がっていきます。「喋る」こともそうですが、誰かに話す際は往々にして「言葉を選んで」しまうもの。自然体で、自分自身の心の重荷を下ろす意味で「書く」行為は時として元気を取り戻す特効薬になるでしょう。