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生薬ものしり事典

生薬ものしり辞典 77
古くから愛された日本原産の「ツバキ」

滋養・強壮、便秘にも使われた生薬

春を代表する花のひとつである「ツバキ」は、早いものだと秋のうちからぽつぽつ咲き始め、翌年の5月頃まで咲き残る花期の長い花です。ツバキは自生する常緑の高木で、庭に植えたり、垣根にすることが多い木でもあります。身近なツバキには「ヤブツバキ」と、日本海側にある低山帯の豪雪地帯に分布する「ユキツバキ」の2種があります。『新訂牧野新日本植物図鑑』にはツバキの名を冠した植物として、「トウツバキ」「ナツツバキ」「ヒメツバキ」を含めた5種が収載されています。ここではヤブツバキを中心に説明します。

ヤブツバキは、本州北端から琉球列島を経て、台湾の一部にまで分布するツバキ科の常緑高木。芽生え、幼葉には毛が多少ありますが、夏季の成木は全株無毛で、葉は艶々としており、花は肉厚離弁花で、花弁が散らず雄芯と一緒に落ちます。花後に結ぶ果実の種子は良質な油を提供します。花形については、侘び、寂びといった気品のある花から、華麗な花まで多様です。園芸品種は約1,000種(外国産を含めると約2,000種)以上といわれています。花は古代には赤色や白色程度でしたが、現在は紅色、桃色、紅白絞り、紫色、紫黒色など多彩で、一重咲きや八重咲きの花もあります。

ツバキ

ツバキは日本原産で、古くから日本人の生活に深く根付いてきました。『日本書紀』には、景行天皇(71~130年)が土蜘蛛討伐の行幸に海石榴(ツバキ)で作った道具を使用した記録などがあります。また、正倉院には約1,200年前の神事に使う椿杖が保存されています。東大寺二月堂の「お水取り」の修二会の供華にも、紙椿の造花が立てられるなど、ツバキに畏敬の念を抱いてきたことがわかります。また、茶の湯の興隆と時を同じくして、茶花としても愛用されてきました。特に徳川二代目将軍秀忠は大のツバキ好きで、多くの場所に植えたため、庶民の間でも流行するようになりました。

ツバキと日本人のつながりの古さは、『万葉集』に9首の歌が採用されていることからもわかります。

あしひきの 八峰(やつを)の椿 つらつらに 見とも飽かめや 植ゑてける君

大伴家持

日本名の語源としては、『言海』には艶葉木(ツヤバキ)の「ヤ」が欠落したとあります。現在は「椿」の字が用いられていますが、春を代表する木という意味で、日本人が作った国字です。漢名は、野生茶を意味する「山茶」「山茶花」です。中国の漢字「椿」に該当する植物は、センダン科の「香椿」を指し、日本の椿とは別種です。異なる植物なのに漢字を混同したことから、「椿事」「椿説」の言葉が生まれたという説もあります。別名には「曼荼羅」「都婆岐」「耐冬花」「海石榴」などがあります。「海石榴」は、実が石榴(ザクロ)に似ていることに由来します。

学名はCamellia japonica、属名は17世紀のチェコの宣教師G.J.Camellがアジアの植物に詳しかったのにちなんでいます。種小名は日本特産を示しています。

薬用には、開花直前の乾燥花を腸出血に用い、熱湯を注いで滋養・強壮、便秘にも利用します。種子から得られる椿油は、頭髪用や外用薬軟膏の基材に使われているほか、食用にも使われています。古くは、古代紫色染料の「紫草」染色の媒染剤に、ツバキの灰が欠かせませんでした。

花言葉は、控えめな美、控えめな愛、慎み深いです。

出典:牧幸男『植物楽趣』