養命酒ライフスタイルマガジン

生薬ものしり事典

生薬ものしり辞典 69
はかなくも幻想的な「ケシ」

食用や医療用麻薬に広く利用

梅雨の時期は、大型で原色に近い花が目を引きますが、ケシはその代表といえます。ケシには多くの種類がありますが、日本でよく目にするのは、葉がアザミに似ている「アザミゲシ」や、「虞美人草(ぐびじんそう)」「ポピー」とも呼ばれる「ヒナゲシ」、茎・葉に固い毛が生えている「オニゲシ」などの園芸種で、いずれもその特徴を示す名がつけられています。単に「ケシ」という際は、ヨーロッパ東部原産の麻薬採取用として栽培される薬用ケシの種を指すことが多いといえます。

ケシは大切に育てると、高さ1.5~2mに成長し、四弁の赤、紫、白、しぼり、あるいは八重の見事な花が咲きます。花弁は非常に薄く、和紙で作ったお椀のような形で、花弁が10cm以上になることもあります。花の寿命は1日とはかないけれど、初夏の薫風にゆれる風情は幻想的です。花後に結ぶケシ坊主は、4~5cmの楕円形あるいは球形です。

ケシの栽培の歴史は古く、紀元前4~3世紀のシュメール時代のくさび型文字盤にケシの栽培記録が残っています。ケシ科のケシ属は、主に北半球に約100種あり、そのうちの2種は阿片採取が可能な薬用ケシです。日本へは、室町時代にポルトガル人によってインドから津軽地方に薬用ケシがもたらされたとされています。

薬用ケシのケシ坊主からは阿片の採取が可能なため、日本では栽培する際に厚生労働大臣の許可が必要です。現在では阿片の採れる薬用ケシの花は東京都薬用植物園や大学の植物園などでしか見られません。ただ、戦前や戦後すぐのころは、薬用ケシが容易に見られたので、絵画や詩歌の対象にされてきました。

ケシ

くれないの 唐くれないの 芥子の花 夕陽をうけて 燃ゆるが如し

伊藤佐千夫

罌粟咲きぬ さびしき白と 火の色と ならべてわれを 悲しくぞする

与謝野晶子

芥子咲いて 其の日の風に 散りにけり

正岡子規

ケシの名は「昔これに芥子という字を用いたときの音であろう。漢名は『罌子粟(おうしぞく)』『罌粟(おうぞく)』を使う」と植物学者の牧野富太郎博士は述べています。「芥子」は「カラシナ」のことで、カラシナの種子がケシに似ていることに由来します。漢名の「罌」は「腹が大きく口がつぼんだ甕のこと」で、果実の形が似ていることに由来します。「粟」は果実に粟のような種子を内蔵しているからです。ケシ坊主の形が米俵に似ていることや、花の形から「米殻花」「御米花」「象殻」「嚢子」「阿芙蓉」などの別名もあります。

学名はPapaver somniferumで、属名はラテン語で「粥」を意味し、種小名は「眠らせる」という意味です。かつて子どもを眠らせるために、粥にケシの乳液を混ぜたことに由来します。

食用としては、ケシの種子を和菓子やアンパンの表面にまぶしたり、七味唐辛子の原料や、金平糖の芯、小鳥の餌に使ったり、油の抽出に使うなど幅広く利用されてきました。また、若葉も食用に使われます。薬用としては、未熟果に傷をつけ、溢れた乳汁を集めた阿片を原料に医療用麻薬(モルヒネ、コデインなど)として利用されてきました。なお、種子を輸入する際に蒸気加熱が行われ、発芽しないように操作されています。

花言葉は、赤花が虚栄、白花は睡眠です。

出典:牧幸男『植物楽趣』