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日本と世界の「座る」歴史


人類史の始まりとともに生まれた「座る」という行為。紀元前3000年頃に「椅子」が生まれる一方、東洋では床にそのまま「座る」文化が、その土地の風土や気候にともなって育まれてきました。単に「腰掛ける」のであれば切り株で充分。そこから「座り心地」や、座る人の健康までを考えて発展を遂げてきた「座る」文化についてご紹介しましょう。



椅子に曲線、座禅に「座蒲」。座る歴史は“疲れない”座り方の模索


ツタンカーメンの墓から出土した、王の椅子。金や宝石で飾り立てられ、繊細な彫刻が施された椅子は、微妙に後ろに傾いた構造をしていました。さらに当時使われていたと思しき、折り畳み式のスツールまで発見されています。椅子の基礎は紀元前3000年の頃から成り立っていた、といえるでしょう。

 



その後、椅子に施された装飾は時代ごとに派手になったり、逆にすっきりする等を繰り返して発展してきました。

ただ、元をただせば王様が座る「玉座」であり、自らの権威を象徴するものとして椅子は存在していました。あるいは、職人達が自らの芸術性を競う工芸品。その考え方に、だんだんと「座り心地」をよくするためにはどうすればよいか、疲れない椅子の構造が研究されてきたのです。鉄などで作られた曲線美を持つ椅子が生まれ、ルネサンスの時代を経て座面に布が張られ、やがてふっくらした詰め物がされるようになりました。産業革命が大量生産を可能にすると、単なる装飾が美しいということより、機能性を重んじた椅子が庶民の間にも普及するようになります。合板の技術が進んだことにより、木製で均整の取れた曲線を持つ椅子も増え始めました。

そして、人間の体の仕組みや心理的な影響までをつぶさに捉えた「人間工学」の考えが生まれ、椅子の機能性は飛躍的な発展を遂げたのです。



一方、日本はどうか?椅子をかたどった埴輪や丸太をくりぬいた椅子らしきものが出土していることから、一部儀式などで使われていたと推測されています。また、足が「X」字になる折り畳み式の椅子は、戦国時代になると「床几 (しょうぎ)」と呼ばれ、武将が戦陣で座る椅子として使われていました。

しかしご存知の通り、日本は「畳」の文化です。庶民が「椅子に座る」ことは、家の縁側や縁台、茶店などの外食時に使用する「腰掛け」などに限られていました。古来から男性の一般的な座り方といわれているのは「あぐら」。しかし「あぐら」の「ぐら」は「座(くら)=高い位置」を意味するため、本来は椅子のことを指していたとのこと。今でいうところの「あぐら」は「足組む(あぐむ)」といわれていたそうです。

そして、室町時代になって茶の湯が普及するなかで生まれていったのが「正座」。家の中に畳が敷き詰められるようになったのも同じ頃です。ただ、茶の湯をふるまう側は正座でも、招かれた側はあぐらをかいているケースが当初は一般的だったといいます。いわゆる「正座(正しい座り方)」とみなされたのは江戸、明治になってからのことでした。

今、椅子の文化が普及した日本では、長時間正座できる人は限りなく少なくなりました。科学的にも血流を妨げ、膝に負担がかかるといった説もあります。しかしこの点は、いにしえの人も気づいていたこと。日本では13世紀頃から普及した「座禅」をする際、禅僧は臀部の下に「座蒲(ざぶ)」を敷きました。これにより、骨盤が後傾になるのを避け、脊柱が正しい位置を保つことができ、足や体への負担が軽減されます。今でいうところの人間工学的な「理」にも叶っていたのです。

現在では機能性を備えたクッションなど、さまざまな「座り方」をしたときに負担を和らげるアイテムが多く出ています。自分なりに心地よい座り方をして、日々を元気に過ごしましょう!





歴史に名を刻んだ、“機能美”を持つ椅子


バルセロナチェアー


1929年、バルセロナ万国博覧会のドイツ館に出現した、「スペイン国王が座るために作られた」椅子。20世紀を代表する建築家、ミース・ファン・デル・ローエの作品です。ミースは秩序を重んじる“機能主義”の建築家。単に豪華だったり意匠を施してあるのではなく、座り心地などの機能を重要視し、「工業」と「芸術」を両立させようと試みた人物です。バルセロナチェアーは、機能と「王様が座る」威厳、その両方を兼ね備えた美しい椅子として、今もなお、その価値が認められています。



イームズ シェルチェア


1948年、ニューヨークの現代美術館が開催した「ローコスト家具デザイン国際コンペ」で初めて紹介された椅子。デザインを手がけたチャールズ&レイ・イームズは家具にとどまらず、映画や写真などの分野でもモダンデザインのパイオニアとして名を馳せました。シェルチェアが製品化されたのは1950年。家庭での使用から公共施設に至るまで各方面で使われ、現在に至るまで「座り心地のよい椅子」として愛されています。当初、素材はFRP(ガラス繊維強化プラスチック)を使用していたものの、現在では環境に配慮してポリプロピレン製となっています。



アーロンチェア


1994年の発表以来、世界のオフィス環境に爆発的に普及したハーマンミラー社のアーロンチェア。人間の骨格や体型などを踏まえ、人間工学に基づいて誕生した椅子として、ニューヨーク近代美術館の「永久コレクション」に指定されています。誕生からわずか15年ほどで、名実ともに歴史に名を刻んだ椅子となりました。フィット感や、使い勝手の良さなどが、長時間パソコンに向かうオフィスワーカーの支持を得ています。