HOME > 研究員のウンチク > 【2008年8月号】水の性質と漢方薬 〜硬水と軟水で煎じた薬の味、香、成分〜


水の性質と漢方薬



暑い季節にのどを潤す冷えた一杯の水、これぞ甘露ですが、おいしさには温度だけでなく硬度も関係しています。軟水に慣れた日本人には硬度の高いミネラルウォーターは口に合わないようですし、科学実験で用いられる蒸留水は不純物が取り除かれていますが、飲んでみてもおいしくありません。適度にミネラル分が含まれているほうが飲んでおいしく感じられます。


市販されているミネラルウォーター
市販されているミネラルウォーター

水だけ飲んでも違うなら、硬度の違う水を使って抽出した漢方薬の味や香りは?というわけで、まず養命酒の原料である紅花を水に浸漬してみました。紅花には紅の原料である水に溶けにくい赤い色素と水に溶けやすい黄色の色素があり、浸漬すると黄色の色素が溶出されてきて、軟水のほうが浸液の色が早く濃くなりました。含有ミネラル分が少ない軟水は、硬水よりも浸透しやすく多量の成分をすばやく溶出させているのではないかと考えられます。


硬度の異なる水で抽出した紅花エキスの色
硬度の異なる水で抽出した紅花エキスの色

次に、代表的な漢方処方で肝炎の治療や少しこじれた風邪に使われる小柴胡湯(サイコ、オウゴン、ハンゲ、ショウキョウ、タイソウ、ニンジン、カンゾウ)を硬度の異なる水で煎じてみました。煎液の見た目はあまり違いが感じられませんでしたが、軟水は硬水に比べて煎じている間の泡立ちが大きく薬臭さが少なくて、飲んでみると…水だけよりも味の違いがはっきり出ていました。硬水の煎液は苦みが強く、軟水は丸みのある甘味を感じ、中硬水は甘味だけが際立っていました。これだけ味が違うと成分や効き目についてはどうでしょうか?


小柴胡湯の配合生薬
小柴胡湯の配合生薬

漢方煎じ器による小柴胡湯の作成
漢方煎じ器による小柴胡湯の作成
水の硬度の違いが小柴胡湯煎液の色に及ぼす影響
水の硬度の違いが小柴胡湯煎液の色に及ぼす影響

日本と中国で同一処方に用いる生薬量が異なる点について、一説では軟水は成分が抽出されやすいので、硬水の中国よりも軟水の日本では同一処方中の生薬使用量が少ないといわれています(「日中薬用量の相違」真柳誠、漢方の臨床、36(2)、1989)。また漢方薬の味は苦くて飲みにくいものからまあまあのものまで様々ですが、自分の証に合っていればおいしく感じるといわれます。硬水と軟水で同じ処方を煎じて味が違ったということは、ひとによっておいしく感じる煎液のほうが効くのかもしれません。漢方薬の有効性を科学的に検証するのはなかなか難かしいのですが、実は煎じる水にも影響されていたということになれば、まさに目から鱗が落ちる思いとなるかもしれません。


白鳥奈緒美(養命酒中央研究所・主任研究員)