HOME > 特集記事 > 【2013年8月号】 無病息災、夏バテ解消!納涼花火でドーンと暑気払い!

無病息災、夏バテ解消! 納涼花火でドーンと暑気払い!

夜空に豪快に打ち上がり、身も心もシャキッとさせてくれる納涼花火は、暑気払いに最適!日本の夏の風物詩である花火には、元来、無病息災と魂の癒しを神に願うという意味がありました。
そんな江戸花火の伝統を担う宗家花火鍵屋15代目の天野安喜子さんのインタビューをはじめ、両国花火資料館のレポート、癒し効果抜群の線香花火についてなど、今月の元気通信は花火の話題をドーンとお届け!



豪快な打ち上げ花火でストレス発散!宗家花火鍵屋15代目 天野安喜子さんインタビュー

日本で初めて花火大会が行われたのは江戸時代。享保の大飢饉でコレラが流行った際、時代劇「暴れん坊将軍」で知られる8代将軍徳川吉宗が、疫病退散と鎮魂を祈願する水神祭として「両国川開き」を催したのが始まりです。このときに記念すべき花火を打ち上げたのが、幕府御用達の老舗「鍵屋」でした。
その伝統を受け継ぐ宗家花火鍵屋初の女性当主である15代目・天野安喜子さんに花火の奥深い魅力や、花火によるストレス発散効果について伺いました。



1976年より宗家花火鍵屋が手掛けている江戸川区花火大会



インタビュー:宗家花火鍵屋15代目 天野 安喜子さん
1970年、東京都江戸川区「鍵屋」14代目天野修氏の次女として誕生。1993年より花火製造のため修行を始め、2000年に宗家花火鍵屋女性初の15代目を襲名。2001年には国際柔道連盟審判員資格も取得し、2008年に北京オリンピックで日本女性初の柔道競技審判員を務める。2009年に日本大学芸術学研究科芸術専攻博士後期課程にて博士号を取得、花火に関連した論文を手がける。伝統を継承しつつ、花火の質や音響効果を考慮した演出を得意とする。




◆花火大会の現場では五感をフル稼働
私は小学2年生のときから、鍵屋の跡継ぎになりたいと思っていました。花火師は常に危険と背中合わせですから、現場ではちょっとした音や光の違いにも気づくように常に五感を研ぎ澄ませています。鍵屋では電気点火による遠隔操作を行っていますが、打ち上げるタイミングは、現場の状況を見ながら指揮者の私が手を振り下ろして決めます。1万発以上打ち上げる大きな花火大会では100人以上のスタッフたちと共に仕事をしますが、無事に完了した後は、言葉を交わさなくとも計り知れない達成感を共有しあえます。


鍵屋15代目襲名時に作られた
天野さん専用の半てん


◆童心に返ってストレスを解消!
よく花火を観て「思いっきり童心に返ることができた!」という方がいますが、私自身も花火の演出を考える時は、童心に返って純粋なわくわく感を追求しています。花火をご覧になった方は、まさに子どものように「おおーっ」と大声で叫んだり、「わーっ」と歓声をあげて拍手されたりしますが、これは身体と情緒が一体化した人間の原始的な反応が呼び起こされているのです。現代人は社会生活の中でなかなか大声を出すような機会がありませんから、お腹の底からみんなで大声を張り上げられる花火は、またとないストレス発散になるはずです。

◆花火で明日への活力をアップ!
私は大学院時代に、なぜ社会情勢が変わっても花火大会は多くの人に支持されるのか知りたくて、群馬県太田市花火大会と浦安市花火大会へ訪れた観客にそれぞれアンケートをとったところ約480名の回答があり、「ストレス発散になった」「明日への活力を感じた」「コミュニケーションが増した」といった意見が圧倒的に多く寄せられました。花火そのものから開放感や活力を得るだけでなく、花火で高揚した周囲の人々が互いにプラスの気を増幅しあうという効果もあり、花火は人の心身に大きなプラスの影響を及ぼすということがよくわかりました。

◆お腹の底に響く花火の快さと力強さ
花火の特質は色・形・光・音という要素に大きく分けられますが、たとえば音がない花火や、逆に音だけの花火だとどういう印象を感じるのかといった実験をしてみたことがあります。花火は視覚的に「美しい」という印象が強いのですが、お腹に快く響く爆音から「力強さ」を感じる人が多いということが実験によってわかりました。音の大きさや音の数によっても印象が変わるので、そうしたことも演出の際に考慮しています。

◆心を揺さぶる絶妙なリズムの演出
花火大会を演出するときは、観客の心をつかむ「リズム」を大切にしています。例えば花火大会が1時間15分あれば、それを1つの舞台とみなして花火と音響のリズムに緩急をつけ、観客の呼吸を意識しながらあえて少しずらしたり、ためたりしながら飽きのこない演出を考えます。

2011年に東日本大震災の影響で通常より遅れて開催された浦安市花火大会では、「被災した人たちが勇気を持って前に進んでほしい」という思いを込めた演出にしました。最初から華やかに花火を打ち上げるのではなく、まず慰霊の意味で暗闇に音だけの花火をドーン、ドーンと上げた後、明治以前の暖かなだいだい色の「和火」と呼ばれる静かな花火を徐々に増やしていきました。浦安市花火大会には30年近く携わっていますが、こうした演出にしたのは初めてです。ご覧になった方から「涙があふれてきた」「笑顔になれた」「勇気をもらった」といわれたときは、私も大変感動しました。

◆花火の余韻とともにリラックス
まだ仮説ではありますが、学生時代に行った実験によると、花火がぱーっと開いたときより、花火がスーッと消えた後のほうが、人の脳波がリラックスする傾向にありそうだということがわかりました。こうした余韻を愛でたり、間を楽しんだりするのは、日本の文化特有のわびさびのメンタリティではないかと思います。今の時代は、新しいものが注目されがちですが、昔ながらのこうした日本のよさを花火によってお伝えできればと思っています。
この夏、花火大会に行かれるなら、余韻やリズムを意識してご覧になってはいかがでしょう。きっと花火の醍醐味をより一層満喫していただけると思います。



伝統花火の技と歴史に触れて「両国花火資料館」レポート

日本で唯一の花火資料館である東京・墨田区の「両国花火資料館」をレポートし、当時の歴史をひも解く展示物と共に花火の基礎知識をご紹介!


花火の貴重な資料の宝庫

納涼花火大会の発祥地にある「両国花火資料館」は、両国駅から徒歩5分、回向院裏のこぢんまりしたスペースながら、花火に関連した資料がずらり。花火に詳しい管理人さんが、さまざまな質問に答えてくれます。
東京都墨田区両国2-10-8住友不動産両国ビル1F
開館:木〜日曜12時〜16時(*7〜8月は毎日開館、*11〜4月は木〜土曜開館)
入館料:無料  連絡先:03-5608-6951(墨田区観光協会)


実際の打ち上げ筒にドキドキ

今は遠隔操作で花火に点火するのが一般的ですが、昔は花火師が打ち上げ筒に手で直接投げ入れていました。館内で大正時代から現在のものまでホンモノの打ち上げ筒を目の当たりにできます。


「花火玉を投げ込んだ瞬間、筒から花火が飛び出してくるので、昔の花火師さんは常に決死の覚悟で臨んでいたんですよ」と説明してくれる両国花火資料館の管理人・長埼守さん。


原寸大の花火玉は迫力満点!

館内には2尺(直径約60cm)〜3号玉(直径約9cm)の火薬を抜いた花火玉と、花火の種類によって異なる断面の模型も展示されています。花火の大きさは、この花火玉の大きさと比例します。例えば3号玉なら直径60m、2尺玉なら直径約500mもの大輪が夜空に開くという寸法です。


右下の1尺玉と、その倍の2尺玉。2尺玉にぶら下がっている小玉が先にドンドンドンと開き、やや遅れて尺玉がドーンと開花するそう。

世界でも最高芸術と呼ばれる割物花火の中身が一目瞭然の原寸大模型。「星」と呼ばれる火薬が中心から放射状に広がっているのが特徴で、その構造によって「菊」「牡丹」「千輪」といった伝統的なネーミングが。夜空に打ち上がる花火は、この断面とほぼ同じデザインになります。


今も昔も、日本人の心を照らす“希望の花”

江戸時代に初めて両国川開きで打ち上げられた花火の多くは2号玉(直径約6cm)程度で、一晩で20発前後だったとか。当時は化学薬品による色の調合技術もなく、「和火」と呼ばれる暖色系の花火だけでした。
それから約300年を経て、現在の隅田川花火大会では、2万発もの赤、緑、紫、銀などのカラフルな大玉小玉が百花繚乱。もともとは神事だった花火の儀式も祭りや祝賀のエンタテインメントとして各地に広がり、今では全国で年間に約4500回も花火大会が催されています。今も昔も、花火は日本人の心を明るく照らす“希望の花”なのです。


昭和30年代頃までは両国川開きの告知用に「火ビラ」と呼ばれる手書きのチラシが両国近辺に配布されていました。短刀直入で無駄が一切ないですね。

両国川開きが「隅田川花火大会」に名称変更されたのは1978年。近年はライトアップしたスカイツリーと花火の饗宴が見ものです!


真夏の夜のヒーリング 〜線香花火でほっとリラックス〜

◆快い音楽のような癒しのリズム
豪快な打ち上げ花火はストレス解消に最適ですが、一方、楚々と儚い線香花火には心がほっと和むという人が多いようです。蝋燭の炎には、星の瞬きや小川のせせらぎ、心臓の鼓動に通じる1/fのゆらぎのリズムがありますが、線香花火にもこれに近い癒しのリズムがあるのかもしれません。
随筆家の寺田寅彦も、線香花火の燃え方には「起承転結」や「詩」「音楽」があると述べていますが、線香花火は着火してから火の玉が落ちるまで、まさに音楽のような快いリズムを持って変化します。その変化には、次のような詩的で風雅な呼び名がそれぞれ冠されています。


着火した火の玉から若々しい火花が弾ける様子を「牡丹」といいます。


火花が勢いづいて次々に広がっていく状態を「松葉」と称します。


火花が1本1本散り落ちていく終末の姿を「散り菊」と呼びます。


◆300年続く国産線香花火が風前の灯火に?!
そもそも線香花火は仏壇に供える線香に似ていることから命名されたといわれおり、アシやワラの管に火薬を入れた「すぼ手」と、和紙に火薬をつけて縒(よ)った「長手」の2種類あり、江戸では長手が、上方ではすぼ手が人気でした。
線香花火の3大産地は岡崎(愛知県)、上田(長野県)、北九州(福岡県)でしたが、近年は中国から輸入される線香花火に席巻され、純国産線香花火は風前の灯火に…! しかし、「300年続く伝統を絶やしてはならない!」と、現在では九州をはじめとする花火製造所によって国産線香花火が少しずつ復活しています。


「みんなが爆弾ばかり作らないで きれいな花火ばかり作っていたら きっと戦争なんて起きなかったんだな」――これは、花火をこよなく愛し、全国の花火大会に足を運んでは、その鮮やかな情景を描いた“裸の大将”こと山下清画伯の言葉。両国花火資料館の一角にも掲げられていました。この夏、花火を観る機会があれば、古来より平穏や鎮魂への祈りを込めて打ち上げられた花火の歴史に思いを馳せながらご覧になってはいかがでしょう。


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