HOME > 生薬ものしり事典 > 【2019年4月号】はかなくも可憐な花「ヒトリシズカ」

生薬ものしり事典79 はかなくも可憐な花「ヒトリシズカ」


ライン

春にひっそり咲く日本固有の植物

春は植物が一斉に目覚める季節です。春の語源は「張る」あるいは「発る」で、生気ある植物の活力が地上にふつふつとわき出る様子から生まれたといわれています。
木々が芽吹く少し前に里山を歩くと、「プリバーナル・プラント(prevernal plant/早春の植物)」あるいは「スプリング・エフェメラル(spring ephemeral/はかない春の植物)」と呼ばれる植物群に出会います。スプリング・エフェメラルとは、ギリシア神話に登場する「エフェメロス」にちなんだ名です。この植物群は、早春の一時期だけ地上に姿を現し、木々の葉が林を覆う頃には姿を消してしまいます。
「ヒトリシズカ」はそんな植物群の一種です。地上に落ち葉が多い時期に群生するので、足元をよく注意していると見つけられます。ヒトリシズカは山の林に生えているセンリョウ科の多年生草本で、日本特産の植物です。茎は直立して節が3~4個あり、なめらかで、茎と葉は暗緑色を帯びています。茎や葉が十分に伸びきらない早春の頃、先端に直立した長さ3cmほどの白い花穂を1個出します。落ち葉を持ち上げるように紫紅色を帯びた芽を伸ばし、中心部の真っ白な花穂を葉がそっと抱きしめているような姿は本当に可憐です。そして晩春の頃には、栗粒大の緑色の実をつけ、短い命を終えます。
類似植物に「フタリシズカ」があります。違いを見ると、まずヒトリシズカは葉が4枚接して輪生状に見えますが、フタリシズカは2、3段に対生しています。また、ヒトリシズカの花穂は1本ですが、フタリシズカは通常2本、時にはそれより多く生ずることもあります。さらに、ヒトリシズカは早春に咲きますが、フタリシズカは花期が初夏で、草丈も30~50cmと大型なので、区別がつきます。


ヒトリシズカ


むらがれる ひとりしずかの 葉をとずる 谷あいの道 水ごゑほそし

鹿児島寿蔵

きみが名か 一人静と いひにけり

室生犀星

ヒトリシズカの植物名は、人がまだ山に訪れない頃にひっそりと咲き、人知れず散ってゆく風情から生まれました。日本固有の植物で、『万葉集』や『古事記』には「次嶺(つぎね)」と表記されて登場します。これは次嶺の生えている山城の意味や、幾つもの山を越すという意味など諸説あります。「ヨシノシズカ」という別名がありますが、これは寺島良安著『倭漢三才図絵』(1713年)に、「静とは源義経の寵妾にして吉野山に於て歌舞のことあり。好事者、其美を比して以って之に名づく」という記載があり、静御前の名に基づいているようです。また、穂状の花の形が眉掃に似ていることから、「眉掃草(まゆはきそう)」という別名もあります。
漢名は「及巳」。学名はChloranthus japonicus、属名はchloros(黄緑)とathos(花)の合成語で、センリョウ科のことです。種小名は、日本特産の植物であることを示しています。
薬用としては、根を腫れものやできものに用いてきました。
花言葉は「静謐」「隠された美」です。


出典:牧幸男『植物楽趣』