HOME > 生薬百選 > 【2011年8月号】生薬百選 89 甘草(カンゾウ)


生薬百選 89 甘草(カンゾウ)


少し前の話ですが、今年のゴールデンウィークに久しぶりに実家(鹿児島)に帰った時、桜島がいつもは見えていた場所から全く見えないという珍事(?)に遭遇しました。夜のニュースによると、中国からの黄砂の影響との話、中国の砂漠化の影響をつくづく実感しました。
今回は、砂漠地帯に生育している生薬「甘草」を紹介させていただきます(写真1)。
甘草は、中国の後漢から三国時代の古文書「神農本草経」には既に登場しています。日本の公定書「第十六改正日本薬局方」にも収載されており、「Glycyrrhiza uralensis Fischer 又は Glycyrrhiza glabra Linné (Leguminosae) の根及びストロン」と記載されています。
成分としてはグリチルリチン酸やフラボノイド類などが知られており、医薬品としては前者のグリチルリチン酸が重要のようで、日本薬局方に適合するためには「生薬乾物重の2.5%以上を含む」という条件が付きます。効能としては抗炎症作用や保湿効果等が報告されており、十全大補湯、安中散、四君子湯など多くの漢方薬に配合されているとともに、化粧品にも使用されている重要な生薬です。また、グリチルリチン酸は非常に甘く、その甘味度は砂糖の100倍以上とも言われているため、食品の甘味料として日本のみならずヨーロッパでも使われているそうです。まさに「甘草」と言ったところでしょうか。


写真1.生薬「甘草」
写真1.生薬「甘草」


さて、私は生薬というより植物好きの人間なので、この先は植物の話題に変えていきたいと思います。まず、日本で植物好きの方が「カンゾウ」と聞くとユリに似た黄〜オレンジ色の花(写真2)を想像されるかもしれませんが、今回紹介しているのはそれではありません(ちなみに、この花の蕾は「金針菜」という生薬になります)。


写真2.日本のヤブカンゾウ(左)と生薬「金針菜」(右)
写真2.日本のヤブカンゾウ(左)と生薬「金針菜」(右)


生薬「甘草」の基原植物(2種)は、いずれも日本には自生しておらず、中国からヨーロッパにかけての半乾燥地帯に自生しているマメ科の多年草で、ウラルカンゾウおよびスペインカンゾウと呼ばれています。花は先月紹介しました「オウギ」に少し似ているでしょうか?


写真3.ウラルカンゾウ(2007年6月 弊社研究所にて撮影)
写真3.ウラルカンゾウ(2007年6月 弊社研究所にて撮影)


これまで申し上げてきましたように、甘草は非常に多くの商品に使われておりますが、その殆どは中国の野生品であり、乱獲による砂漠化の進行が心配されています。こうなりますと、「そんな重要な植物をなぜ栽培しないのか?」という話になることでしょう。砂漠の植物なので、高温多湿の日本では育てるのが難しいかと思いきや、実は江戸時代には小石川植物園(東京都文京区)や山梨県甲府市のJR塩山駅正面にある通称「甘草屋敷」等に植えられていたようです。また、弊社研究所の見本園でも育っていました(写真3)。しかし、残念ながらこのカンゾウの根は甘くありませんでした。あちこちで栽培化は試みられていたのですが、これらはグリチルリチン酸の含量が日本薬局方の規格に満たなかったのです。
グリチルリチン酸含量の高い甘草の栽培研究は、十年以上前からあちこちの組織で行われてきたようです。その苦労も昨年から実を結び始めたようで、幾つかの企業・団体より実用栽培試験が成功したとの情報が入ってくるようになりました。いきなり全ての甘草が栽培品に変わることはないでしょうが、こういった栽培研究者の方々の地道な努力により、中国の砂漠化の進行も少しずつ和らいでいき、黄砂の飛来も少なくなっていくのではないでしょうか。


■泊 信義(養命酒中央研究所・基礎研究グループ)